バレンタイン・シャドウグラフ
最後までお付き合い頂ければ幸いです。
静まりかえった廊下、誰もいない教室。
校庭から聞こえる遠い声と窓から迫る冷気が、徐々に私の目を覚まさせる。
もはや恒例行事となった女子だけのチョコレート交換を終えた私は、委員会で先に教室から出たアイツを待った。ところが何とも間抜けな私は、窓辺の席で小説を片手にアイツを待つはずが、どうやら徹夜明けの疲れも手伝いすっかり眠ってしまったらしい。
机にポツンと残された一番の自信作を見て私は、思った以上に深い溜息を吐いてしまった。
「最悪……私のバカ」
まだ完全には覚めきらない頭で窓から校庭を眺めていたが、差し込む夕陽がなんだか下校を急かしているような気がして、結局私はいそいそと帰り支度を始めた。
「今日じゃなきゃダメだったのになぁ……」
廊下に響く私の独り言。
それを聞いて慰めてくれる人も、嘲笑う人も、もちろん誰ひとりとしていなかった。
幼なじみにも近いアイツの事を意識したのはいつからだろう。
”いつからか“なんて覚えてはいないけれど、私の近くに何時もいるアイツの事が、いつの間にか好きになっていた。
周りからは『お似合いの2人』なんてチヤホヤされていはいるけど、それでもやっぱり今の関係が崩れてしまうのが怖くて、キチンと気持ちを伝えたことなんて無かった。勿論、伝えられたことも。
このままでも良いと考えていた時期もあったけれど、生まれて初めて2人がバラバラになってしまう運命の卒業式を前に、私は一大決心をしたのだった。だからこそ――。
「今日じゃなきゃダメだったのになぁ……。これ、どうしよう」
――私の手にぶら下がった紙袋をいっそ捨ててしまおうか。
だけど、なんだかそれはアイツとの関係を諦めてしまうような気がして、私にはそれは出来なかった。
夕陽に照らされた影が私より先に校門を通るその時だった。
不意に私より大きな影が背後から重なった。
「遅せーよ。バーカ。」
突然の声に驚いて振り向くと、アイツが立っていた。
「え!? どうしたの? こんな所で?」
「あ、いや、何となく……お前が帰る頃かなぁって」
夕陽のせいだろうか。なんだかアイツの顔が眩しくてしっかりと見えない。
「え? だって私……。じゃあ、ずっと待ってたの?」
「ずっと? いや、さっき野暮用が終わってさ。」
寒さですっかり赤く染まったアイツの頬が、その嘘をこっそり教えてくれた。
「まぁ、兎に角、帰ろうや?」
じっと見つめる私の視線に気づいたアイツは、鼻を掻きながら歩き出した。
離れてしまった影に少し寂しさを憶える帰り道。横を歩くアイツが、不意に私の手元を指差した。
「あのさ……その……それ、俺じゃダメか?」
「え……?」
沈みゆく夕陽が、私達を最後の大仕事とばかりに張り切って照らし、それに応えるように私達の影はドンドンと大きくなっていく。
少しづつ、ゆっくりと寄り添う影。私も唯、それに従った。
「遅いよ。バーカ。」
お読み頂き、ありがとうございました。
皆様に素敵なバレンタインが訪れますことを。
連載中の『sweet-sorrow』もよろしくお願い致します。
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@Benjamin151112