(2)
その時、竜騎士の一人がリナの横に馬を付け、
「リナ殿、お願いします」
と、小さく声をかけた。
「分かっています。任せください」
リナはうなずくと、背筋をピンと伸ばし濃紺のマントをひるがえした。
その王者の風格漂う堂々たる姿はまさしくアリス王女そのもの。
知らない人が見れば絶対に本人だと思うだろう。
しかし、だからこそ余計に危険極まりないのだ。
この影武者作戦は。
もし本気でリナのことが好きならば、アリスの身代わりなんて止めさせるべきなのに、僕にはそれができなかった。
ただなすがまま、事態の展開を見守るだけという情けなさだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
竜騎士団は森の出口に向かってゆっくりと進んでいった。
まもなく、行く手を遮る二人の姿がはっきり見えてきた。
一人は何かを待つように静かに枯れ木に寄りかかっている。
もう一人は道の中央に立ちこちらの出方をじっとうかがっている。
マティアス二人を注視し、少し驚いたようにつぶやいた。
「どちらも女か……」
マティアスの言うとおり、木に寄りかかっている一人は、艶やかな黒髪を腰まで伸ばした背の高い若い女だった。
切れ長の目に長いまつげにツンとした鼻、紅色の薄い唇が特徴的で、アリスやリナにないクールで大人っぽい美しさがある。
防具は特に身に付けていないが、日本刀のような緩い反りの入った長剣を抱えているから、おそらく職業は剣士なのだろう。
それより不気味なのは、道の真ん中に立つ、灰色のフードローブを頭からすっぽりかぶった謎の人物だ。
フードの奥は真っ暗でどんな顔をしているのかはまったく見えないが、ローブの下に浮き出ている大きな胸からして、女であることは確かだ。
武器は一切持っていないから、このローブの女が魔法使いタイプであることは、まず間違いなかった。
そしてその二人は、暗い森の中でひときわ目を引く不思議な光を全身から放っていた。
剣の女は冷たく研ぎ澄まされた青い輝きを。
ローブの女は怪しく禍々しげな紫の輝きを。
一目で分かる。
あれはオーラだ。
ただならぬ殺気を含んだ殺人オーラだ。
竜騎士たちはそのパワーに気圧されるように、二人のかなり手前で立ち止まった。
が、マティアスだけが前に出て叫んだ。
「我々は先を急いでいる。そこを通してもらおう!」
しかし二人は呼びかけに応じない。
何も聞こえていないかのように黙り込んでいる。
「もう一度言う。そこをどけ! さもなくば――強行突破する!」
「ロードラントの竜騎士……」
突如、森の中に妙に艶やかで色気たっぷりな声がこだました。
ローブの女の声だ。
「戦いからしっぽを巻いて逃げ出すネズミを見張っていたら、とんだ大物が飛び込んできたようだねえ」
どうやら二人とも簡単には道を開けてはくれないらしい。
だとすると奴らイーザの一味なのか?
でも、ちょっと雰囲気が違うような気もする。
「黙れ!」
マティアスが鋭く叫んだ。
「通すのか通さないのか、どちらだ!」
「通すのか通さないのか、だって――?」
ローブの女はオウム返しにそう言って、フフフ、と怪しい笑い声を漏らした。
「罠に掛った獲物を、猟師がみすみす逃すと思うか!」
「なにっ!?」
マティアスが身構える間もなく、ローブの女は袂から杖を取り出し呪文を唱えた。
『ソウルスティール――!!』
同時に杖の先から紫色の光弾が発射される。
ヤバい!
予想通りこの女は魔法使い。
しかも邪悪な闇魔法、妖術使いだ。
そう思った瞬間――
紫の光弾がパッとはじけ、先頭に立つマティアスとその横にいた三人の竜騎士に直撃した。
「!!!!!」
マティアスはなぜか無事だった。
が、それ以外の竜騎士三人は光弾が当たった直後、体が硬直し、馬からずり落ちて地面に倒れてしまった。
魔女の放った『ソウルスティール』によって、一瞬で命を奪われたのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『ソウルスティール』
敵数体の命を一定の確率で奪う闇魔法。
威力はかなり強力で、防御魔法の『Mガード』や『リフレクト』では対抗できない。
即死を防ぐには、あらかじめ祝福されたアイテム『聖水』を使っておくしかないはずだ。




