(4)
アリスはどこだ?
僕は激戦の最中に見失ってしまったアリスの姿を探し、周囲を見回す。
ロードラント陣営は、新たなハイオークとコボルト兵の出現によって混乱具合が加速していた。
その中で、僕はまず馬に乗ったリナの姿を探し当てた。
ということはそばにアリスが――
いた。
アリスはちょうど自分の白馬に騎乗するところだった。
このロードランド軍存亡の危機に、馬上から兵士たちを励まし勇気づけようというのだろう。
が、その前に一つ、どうしてもアリスにやってもらいことがあった。
僕は兵士の山をかき分けアリスの元へ行こうとした、その時――
数本の流れ矢が頭上を飛び越えていくのが見えた。
「!!」
それはあっという間の出来事だった。
流れ矢のうちの一本が、リナの乗った馬の首の付け根を直撃してしまったのだ。
射抜かれたリナの馬はぶるっと痙攣し、大きくよろめいた。
このまま倒れたらリナが危ない!
下手をすれば馬体の下敷きになってしまう!
「リナ、馬から飛び下りろ!」
それに気付いたアリスが叫んだ。
言われた通り、リナは持ち前の運動神経の良さを発揮し、とっさに鞍を蹴って高く飛んだ。
その直後、馬はドスンと大きな音を立て横倒しになってしまった。
アリスが慌てて地面に転がったリナを抱き起す。
「大丈夫か、リナ!」
「はい、なんとか……」
リナはアリスに支えられ、ヨロリと立ち上がった。
全身が泥で汚れ腕に大きなアザができている。
「リナ、体を見せてみろ」
アリスはリナの体の泥をはたきながら、ケガの程度を確かめた。
「アリス様、おやめください。そんな恐れ多い……」
「いちいち気にするな。――よし、大した傷は負ってないようだな。まったく本当に肝が冷えたぞ。お前の身に何かあったら、私は永遠に立ち直れなくなる」
それはアリスだけじゃない。僕だって同じだ。
というかこの異世界でもリナを失ったら、この地で生きていく意味がほぼなくなるような気がする。
僕が急いでリナの元へ駆け寄ると、そばにいたアリスの顔がパッと明るくなった。
「おおユウト! 今までどこにいた?」
「……混戦の中でアリス様を見失ってしまいました。申し訳ありません。それよりリナ様、ケガを魔法で回復しましょうか?」
軽い打撲でも、打ち所が悪いといけない。
僕はリナの痣を見て、心配になって尋ねた。
「いいえユウトさん、わたしなら平気です。それよりリリィ――私の馬は……」
僕は道端に倒れたリナの馬を観察した。
馬は口からは血の混じった泡を吹き、呼吸はすでに止まっている。
ハイオークと戦ったとき乗った馬だから、なんとか助けてやりたかったがもう手の施しようがない。
魔法でも無理だ。
僕は黙って首を振った。
「そんな……」
「リリィはお前の代わりに死んでくれたのだ」
と、アリスがリナを慰める。
「リリィの死を無駄にしないためにも、私たちは絶対に助かろう。皆そろって王都に帰るのだ」
「そうですリナ様」
僕はリナに言った。
「悲しむ気持ちはわかりますが、今は一刻も早くこの場から脱出しなければなりません」
「それはわかっています。でも、どうしたら……」
愛馬を失い、リナは今にも泣き出しそうだ。
「アリス様、リナ様、どうぞ私にお任せください」
二人を少しでも安心させようと、僕は力強く言った。
「なんだ? ユウト。また何か策があるのか?」
アリスが身を乗り出す。
「はい、一つだけあります。でもそれにはアリス様の協力がどうしても必要なのです」
「むろん私にできることならなんでもするぞ」
「ごく簡単なことです。ロードラント全軍にある号令をかけて頂きたいのです」
「号令? どんなことをだ?」
「『10数える間、目をつぶれ』それだけ命じていただきたいのです」
「なにっ?」
アリスは驚きを隠せない。
「この戦いの真っ最中に目を閉じろというのか?」
「ええ、そうです。でないと今回の魔法は使えません」
「そうなのか。……だが、いくら命令とはいえ、戦闘中に目をつぶるなどという無茶に兵士たちが従うだろうか?」
アリスの顔が曇る。
心配はもっともだ。言い出した僕自身でさえ不安を感じているのだから。
しかしここは奇跡を――いや、みんなを信じてやるしかない。
「それは大丈夫でしょう」
と、僕は強気で言った。
「なによりアリス様のご命令です。たとえどんな内容であっても、兵士たちは必ず従ってくれると思います」
「わかった。いいだろう!」
アリスが意を決し、うなずく。
「ユウトがそこまで言うのなら、やってみよう」
「ありがとうございます!」
アリスがいてくれれば、どんな危機でもきっと乗り越えらえる――
戦いを通じ目覚ましく成長したアリスの姿を見ていると、本当にそんな気がしてくるのだ。




