(7)
「貴様!」
レーモンが怒り狂って怒鳴った。
「アリス様をどうする気だ!」
「へへっ。それはさ、言わずもがな、だろ」
セルジュの顔に下卑た笑いが浮かぶ。
「戦いに勝って、捕虜として美しい王女様がやってきたら――まあやることは一つだよね。みんなで王女様を肴にして楽しい楽しい宴を催す。それしかないだろ? 俺たちは長い戦いで女に飢えてるしね」
やっぱり……そういうことか。
鈍い僕にでも意味はわかる。
さっきのセルジュの発言は冗談ではなかったのだ。
そして僕は――
一瞬、ほんの一瞬だけ、裸に剥かれたアリスが大勢のイーザの兵士たちに囲まれ「あんなことやこんなこと」をされるシーンを思い浮かべてしまった。
体がぶるっと震えた。
最低だ、最低!!
一瞬でもそんな酷いことを想像してしまうなんて――
僕は頭の中からその嫌な想像をすぐに振り払った。
が、それでも自分自身に強い嫌悪を感じてしまう。
しかし、セルジュはニヤニヤしながら言った。
「早く決めてくれよ、騎兵に踏みつぶされて全員死ぬか、それともアリス王女を差し出すかどっちがいい?」
倫理観と罪悪感の欠如。
自分の欲望が生きる目的のすべてで、そのためなら人を人とも思わない腐った性根――
おぼろげながら分かってきた。
現実世界風に言えば、セルジュは一種のサイコパスなのかもしれない。
要はこちらがどんな正論を言っても、善悪の判断基準が180度違うから、まったく話が通じないのだ。
そして良心のカケラがないぶん、双子の姉のセフィーゼよりもさらにたちが悪い。
「なんと卑怯な!」
レーモンが歯ぎしりをする。
「卑怯だって? 笑わせるなよ!」
そう言うセルジュの目は、ちっとも笑っていない。
「そんな言葉、親父を騙して毒殺したお前らだけには言われたくないね。――さあもう待てないぜ。オレは案外気が短いんだ」
迫られる究極の選択。
だが、それに対するアリスの答えはごく明快だった。
「いいだろう、私は喜んでお前たちの捕虜になってやる。それで皆を救えるなら迷う理由はない」
「ア、アリス様!」
レーモンが驚倒して叫ぶ。
「それだけは、それだけはなりません!」
「おいおいそう興奮すんなよじーさん」
セルジュがニヤつく。
「王女様自ら、自分の進むべき道を立派に選んだんだ。ちゃんと尊重しろよ」
ああ、これですべてが振り出しに戻ってしまった。
かといって、魔法なしでアリスを救うような妙案も見つからない。
怒るのも忘れ、ただぼう然とする僕とレーモンをよそに、アリスとセルジュはどんどん話を進めてしまう。
「おいセルジュ、私が捕虜になるのはかまわないが、その前に一つ条件を付けさせてもらおう」
「なんだよ」
「生き残ったロードラント軍をこの戦場からただちに撤退させる。それについては異存ないな」
「あーいいよ、別に」
セルジュは感心なさげに言った。
「オレは王女様さえ手に入れればそれで満足だから」
セルジュ、こいつ……。
戦の勝敗よりも自らの欲望の方を優先させるというのか。
いや、そんなことより――
「よし、これで決まりだな」
アリスは一人でうなずいている。
「なら、さっさと軍を撤退させてくれよ」
セルジュがアリスをせかす。
ヤバい。
本当にヤバい。
二人は勝手に合意を成立させてしまった。
と、焦りまくっていると――
「グルルルルルルル」
聞き覚えのある唸り声が下の方から聞こえてきた。
ん? この声は……。
もしかしてサーベルタイガー!?




