(5)
だけどそこはキモの座った王女様。
アリスは何を言われようともへっちゃらだ。
「私を食いたい、か」
アリスは足の先で、まだ寝むりこけているサーベルタイガー・レムスをツンツンと突っついた。
「この人食い虎はなかなかの悪食のようだな。普段から宮廷で毒を食らっている私の肉など、さぞまずかろう」
「えー、悪食だなんてとんでもない!」
セルジュはニヤニヤしながら答えた。
「そのレムスは若い処女の肉が大好物なんだ。柔らかくてたいそうおいしいそうだよ」
「ふん。まるで今まで何十人もの人を食ってきたような口ぶりだな」
「何十人どころじゃないよ。何百人かなあ」
セルジュはケロッとしてい言った。
「それに処女の肉が好物なのはレムスだけじゃない、オレもだよ。あ、もちろん本当にむしゃむしゃ食べるんじゃなくてえ、別の意味でだけどさ」
別の意味って、まさか……!?
下品な冗談を言い「ケケケ」と笑いを漏らすうセルジュを見て、僕は衝撃を受けた。
こんなひどい性格の少年が、この異世界に存在すること自体信じたくなかった。
だがこれはあくまで現実。
異世界に来る前、清家セリカにそう言い渡されたではないか。
「セルジュ、どういうつもりよ! あんたは引っ込んでなさい!」
その時、セフィーゼが大声で叫んだ。
決闘でコテンパンにやられたショックから多少は立ち直ったらしい。
「うるせぇバーカ! 負け犬は黙ってろよ!」
セルジュが威勢よく怒鳴り返す。
「やっぱりお前なんかに族長を任せてられねえ!」
「はあぁぁぁ、なんですって!? 弟のくせに生意気言うんじゃないわよ!!」
「負けてさっきまで泣きべそかいてたくせに何ぬかしてんだ! ったく、ほんのちょっと先に生まれただけでアネキ面しやがって」
「セルジュ、あなたと言う人は!」
今度はヘクターが大声で叫んだ。
「姉弟とはいえイーザの長に向かってどれだけ失礼なことを言うんです? 身の程をわきまえなさい!」
ヘクターはかなり苛立っている様子だ。
おそらく、普段からセルジュの悪童ぶりには手を焼いているのだろう。
そんな感じがする。
「あー本当にうっざいなあ。ヘクター、聞いてなかったのか? 族長はオレが襲名してやったんだよ」
「そんなこと私が絶対に認めません!」
ヘクターは憤然として言った。
「残念だったなあヘクター。丘の上で待っている騎兵の連中とはもう合意したちまったんだ。――まあ、当然だろ? 負け犬に族長なんぞ任せてらんないからな」
「な、なんですって!」
セフィーゼが怒って叫ぶ。
「カッカしても無駄だっつうの。騎兵はもうオレの命令でしか動かねえからな。でさ、ついでに言うと。オレが族長になった以上、ヘクター、お前は速攻でクビだ。このセルジュ様にお目付け役なんて必要ないからな」
セルジュはそう言い捨てると、こちらに向き直った。
それから手を振り、調子よく言った。
「というわけで、イーザの族長は今からオレだから、よろしくぅ!」
そんなセルジュに、アリスは冷たい声で返答した。
「おいセルジュよ、そんなこと勝手に宣言していいのか? いらぬ世話だろうが、私には、お前が一族を統べる能力があるようには到底見えんぞ」
「チェッ、ひどいなあ」
と、セルジュはワザとらしく肩をすくめた。
「でもさあ王女様、いまオレがヘクターに言ったことは本当だぜ。後ろの騎兵隊、オレの合図一つで攻撃する手はずになってんだよね。みんな一刻も早く戦いたくて、今か今かとウズウズして待っているんだ。――おっとそっちの兄ちゃん」
そう言ってセルジュは僕をじろりと見た。
自然と視線がぶつかる。
――邪悪。
瞬間、背筋がゾクリとした。
錯覚ではない。
セルジュの目の中に、今まで見たことのないような悪魔の光が宿っているのを、僕は確かに感じたのだ。




