(7)
エリックは続けて言った。
「とはいっても進軍を開始したってぇことは、おそらくアリス様はもう勝利の報告を受けたんじゃねえかな? でなきゃ軍を仕切ってるレーモン公爵が動かんだろう」
レーモン公爵――さっきアリスを注意していた老騎士か。
「なんてたってアリス様はローラント王国次期王位継承者第一位で、万が一の事があってはえらいことになるからな、そりゃもう慎重すぎるほど慎重だぜ」
「なんか無意味なことをするんだね。そんなにお姫様が大事ならお城で守ってればいいのに」
「そらそう思うよな」
エリックがうなずく。
「でもまあ王室なんて、そういったことの積み重ねで権威を保ってるってところもあるんだぜ。だからあの気難しそうなじじいにゃ――」
と、エリックは馬上のレーモンをあごでしゃくった。
「多少の同情はするがな。なにしろ主力が出払ってるからこの軍に残っているのはおめーみたいな新兵ばかりだし、その上でワガママな王女さまのお守りまでしなきゃいけないとくるからな。ご老体にはたまったもんじゃねえだろうよ」
「あとさ、アリス様に寄り添っている女の人は誰? ずいぶん仲が良さそうだけど」
僕の一番聞きたいことは、それだった。
「ああ、リナ様か」
エリックはニヤリとして言った。
「おめー、なかなか目の付け所がいいな。なあユウト、あの二人、顔が似てると思わないか?」
確かに髪の色や目の色は違うけれど、アリス王女とリナは、姿格好と顔立ちがかなり似ていた。
姉妹と言っても通じるかもしれない。
と、そこでようやく気付いた。
さっき目覚めて最初にアリス王女を見た時、どこかで会ったことがあると感じたのは、アリスが理奈とそっくりな顔をしているからだったのだ。
「ああ、かなり似てるね」
「だろ。リナ様はクラウス家つう名門貴族のお嬢様だよ。レーモン公爵の姪で、王室とも親戚関係にあるらしい。
だからアリス王女とリナ様は、小さいころから姉妹のように育ったんだと。顔が似てる上にいつも一緒にいるから、ロードラントに王女は二人いる、なんて言う連中も多いね」
「ふーん」
「とにかく、二人とも俺らよりはるか雲の上のお人だよ。口を聞くことさえおこがましいって感じだ」
うーん、がっかり。
こちらの世界のリナに近づくのは、僕の身分ではなかなか難しそうだ。
それにしてもエリックは僕と同じ単なる一兵卒なのに、どうして宮廷の事情なんかに詳しいのだろう?
ちょっと不思議だ。
「あの……エリック。エリックはなんでそんなに色んなこと知っているの?」
「へへへ……実を言うと、宮廷仕えのメイドと友達でな。そいつから聞いたんだよ。ま、俺にも少しは野心ってものがあるから、それなりに情報を仕入れないとな」
こんな軽そうな人が出世を望むとは、少し意外だ。
「さて、ついでに一つ、とっておきの情報を教えてやろうか」
エリックが声をひそめた。
「今回の戦い、どうして王様が来られなかったかわかるか?」
理由なんてもちろん知らない。
僕は首を横に振った。
「実はな、どうもルドルフ王のご容態が芳しくないみたいだぜ。もう何か月も病床に伏せっているらしい。今、王に何かあったら、この国はやばい――」
「おい、貴様ら!!」
と、そこまで喋ったところで、しゃがれ気味の怒鳴り声が僕たちの会話を遮った。
兵士たちを見まわっている老騎士レーモンだ。
「さっきからうるさいぞ!! いい加減にせんか」
「おおっと」
エリックが肩をすくめた。
「こりゃ、おしゃべりが過ぎたようだ。ま、戦いが終わったらまたいろいろ教えてやるよ」
「どうもありがとう」
「いいってことよ」
エリックはウインクして前を向いた。
――にしても、この人、本当に単なる兵士なのか?
エリックの目に宿る鋭い光を見て僕はそう思った。
少なくとも、何か色々事情を抱えてそうな人ではある。
◇◆◇◆◇◆◇◆
それからしばらくの間、アリスを護衛するロードラント軍は何事もなく前へ進んだ。
エリックの言う通り戦闘は当面なさそうだし、道のりはきわめて平和だった。
ただ一つ、不思議なことがあった。
それは、歩いても歩いても、あまり疲れを感じないという点だ。
現実世界では、なかばひきこもりのような生活をしていたのに、いったいどういう訳だろう。
こっちの世界にきて、体力もそれなりに上昇したということなのだろうか。
では、肝心の魔力の方は――?
セリカはさっき、オンラインRPGの世界の同等の能力を僕は持っていると言っていたけど……。
ぜひ試してみたいが、そもそも魔法なんてどうやって使えばいいのかわからないし。
と、そんなことを取り留めもなく考えていると――
「前方に騎兵が一騎! こちらに向かってきます」
誰かが突然叫んだ。
たちまちロードラント軍全体に緊張が走った。