(1)
魔法で傷を回復してあげたとはいえ、セフィーゼはついさっきまで命がけの死闘を繰り広げてきた相手だ。
これ以上何を話していいかわからないし、話すこともない。
僕は、うなだれるセフィーゼを前にして急に気まずくなり、助けを求めるようにヘクターの方へ顔を向けた。
ヘクターは少し離れた場所からセフィーゼを見守っていたが、僕と視線が合うとすぐに深々と頭を下げた。
セフィーゼの命を取らなかったことに、一応恩義を感じているらしい。
彼ならきっと約束を守って、セフィーゼを連れ、いまだ丘の上でにらみを利かせているイーザ騎兵団を穏便に撤退させてくれるだろう。
これで正真正銘、決闘は終わった。
僕は心底ほっとしてセフィーゼから離れ、戦場の中にアリスの姿を探した。
「今度こそやったな、ユウト!」
アリスが向こうから大声で叫び、無邪気に手を振っている。
「お前となら勝てる――私の予想は当たった!!」
アリスはひたすら明るかった。
とても大国の王女様とは思えない無邪気さだ。
かなり……いや、ものすごくかわいい。
できることなら走り寄って、ぎゅっと抱きしめたい。
が、もちろんそれは妄想の中だけ。
一介の兵士が、王女様に抱きつくなんて恐れ多いにも程がある。
いや、それ以前に、現実世界で根暗の引きこもりだった僕にそんな勇気はない。
それでも、せめて精一杯の好意を伝えたくて、僕はアリスに笑顔で手を振り返した。
ところが――
「グルルルルルルーー」
突然、恐ろしげな唸り声とともに、茶色の塊が猛スピードで僕とアリスの間に飛び込んできたではないか。
それは現実世界では見たことのない獣だった。
大きさはライオンぐらい。
黄色く光る獰猛な目でこちらをにらみ、真っ赤にさけた口からは二本の長い牙が伸びて、そこからよだれをダラダラ垂らしている。
あの二本の大きな牙――もしかしてサーベルタイガー?
この異世界になら、どんな伝説上の生物が存在していても驚きはない。
それにしても、次から次へと……。
ハイオークと戦い、魔法少女と戦い、今度の相手は幻の野獣か。
サーベルタイガーは敵意むき出しで、僕に向かって低く唸り続けた。
そして一歩足を前へ踏み出し――
くるか――!?
と思った瞬間、サーベルタイガーはくるりと体の向きを変え、アリス目がけて走り出した。
僕よりもアリスが狙いだったのだ。
しまった! なんてこった!
僕はサーベルタイガーの後を追って必死に走った。
さっきの『アクセル』の魔法効果が多少残っているから、速いことは速い。
だが、それでも全速力で駆ける四足歩行の獣にはとても追い付けない。
サーベルタイガーはほんの数秒でアリスとの距離をグッと詰めた。
ダメだ、間に合わない。
この距離では魔法も届かない。
さまざまな困難の末、ようやくここまでたどり着いたのに、最後の最後でアリスを守れないのか。
しかも、あんな獣の牙にかかって。
いやいや冗談じゃない!
そんなことあってはならない!
が、その思いも虚しく、サーベルタイガーはしなやかにジャンプし、アリスに襲いかかった。
アリスはサーベルタイガーの動きに押されるように、神剣ルーディスを構えたまま後ろに倒れ込んだ。
「危ない――!!」
僕はそう叫ぶことしかできなかった。
伸ばした手が虚空をつかむ。
無力感と絶望感で一杯になったその時――
「えいやっ」
という勇ましい声がして、誰かがサーベルタイガーに猛然と跳びかかった。
サーベルタイガーはバランスを崩し、そのまま地面に転がり込む。
「レーモン!」
アリスが叫ぶ。
見事にサーベルタイガーの足を止めたのは、老騎士レーモンだったのだ。




