(10)
「セフィーゼ、落ち着きなさい!」
ヘクターが離れた場所から叫ぶ。
『ミストラル』の威力が強すぎて、ヘクターですらセフィーゼのそばに寄れないのだ。
「うるさい! わたしはまだ降参してない! こいつらにわたしの最後の切り札をお見舞いしてやるんだから!!」
荒れ狂う虹色の竜巻はみるみる勢いを増し、膨れ上がっていく。
巻き上がった砂が視界を遮り、飛んでくる石ころが体に当たってやたら痛い。
近づくだけで危険極まりない状況。
が、僕はかまわずセフィーゼの方へ向かって歩いていった。
「ユウト! 見なさいよ! 私の魔法はこんなにすごいんだから!」
セフィーゼが風の中に僕の姿を認め叫んだ。
そのエメラルドの瞳の中には狂気が宿り、血だらけの顔には笑みすら浮かんでいた。
彼女は追い詰められて完全に自己を見失っている。
要するにイっちゃっているのだ。
正式な決闘の結果とはいえ、セフィーゼをこんな風にしてしまったのは、追い詰めすぎた僕にも責任の一端はある。
だからこそ、きちんとけりを付けなければならない。
僕は風に飛ばされないよう足をしっかり踏みしめ、何とかセフィーゼの真正面、魔法の射程範囲内に立った。
ここまで近づければ十分だ。
――そして、その時は来た。
「くらえーー!!」
セフィーゼが絶叫する。
セフィーゼ、切り札と言うのは最後まで隠しておくものだ。
でないと……。
『シール!』
セフィーゼが魔法を唱え終える前に、僕は叫んだ。
すると彼女の体は濃い青色の光に包まれ、上空にあった虹色の突然竜巻が突然消えた。
わずかなそよ風さえピタリと止んだのだ。
――でないと、こうなってしまう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『シール』
敵一体の魔法を封じる攻撃補助魔法。
相手より魔力が高ければそれだけ成功する確率も高くなる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
セフィーゼは何が起きたかわからず、キョトンとしている。
「え……え……!? どこ? わたしの『ミストラル』の魔法はどこに消えたの?」
「終わった。すべて終わったんだ」
「ユウト、なにしたの? わたしになにしたのよ!!」
「悪いけど君の魔法を封じさせてもらった。しばらくはどんな魔法も使えないよ」
「ウソウソ! わたしの魔法を使えなくすんなんて、あんたどんだけ魔力が高いのよ!!」
セフィーゼは地面にヘナヘナと座り込み、いきなり大声泣き出した。
「ひどい! ひどいよ!!」
「……セフィーゼ、『ミストラル』の魔法を僕の前で使うのは二度目だよね?」
泣きじゃくるセフィーゼに、僕は訊いた。
「……え、そんなことない……!?」
「いや、決闘の前、兵士たちのヤジに怒って『ミストラル』を唱えようとしたじゃないか」
「あっ!!」
「切り札をそんなに雑に見せるから、僕は対策できたんだ。『ミストラル』は威力も大きいけど、それだけ魔力を溜める時間が長い。そこが最大の弱点なんだよね」
「負けたわ……」
セフィーゼはがっくりと地面に手をついた。
もう抵抗する気力も残っていなさそうだ。
それなら――
と、僕はセフィーゼのそばに行こうとした。
「い、いや!! 来ないで!」
何かされると思ったのか、セフィーゼは必死にわめく。
「ユウト! 何をするんです! もう我々は降参したではないですか!」
ヘクターが僕を止めようと叫んだ。
「安心してください。彼女に危害は加えませんから」
僕はそう断りを入れると、セフィーゼの前まで来て両手を差し出し、それから魔法を唱えた。
『リカバー!!』
セフィーゼの全身の傷が、たちまち消えていく。
やはりセフィーゼが、跳ね返った『エアブレード』で負った傷は、大したことなかったのだ。
「え……どうして……? どうして治してくれるの?」
セフィーゼが涙をぬぐって僕を見上げた。
「別に……」
自分でも、なんでこうしてしまったかわからない。
決闘の約束を反故にしたセフィーゼは、正直、殺されても文句は言えないだろう。
けれど、こういう戦いの終わり方があってもいい――
そう思っただけだ。




