(4)
ヘクターはそれでも腕に力を込め、なんとかアリスの剣を押し返した。
だが、もはや偃月刀は武器として使いものにならない。
するとヘクターは顔をしかめ、曲がった偃月刀躊躇なく投げ捨てた。
それから背中に手を伸ばし、背負っていた大剣を軽々抜くと、居合抜きをするかのようにいきなりアリスにそれを振り下ろした。
近距離すぎてアリスに避ける余裕はない。
「ガキンッ」という大きな衝撃音とともに、二人の刃と刃から火花がこぼれた。
さっきとは逆に、アリスが神剣ルーディスでヘクターの重い一撃を受け止める形になったのだ。
「くっ」
アリスが剣を両手で持ち、歯を食いしばってヘクターの力に耐える。
「クレイモアを折るのはその剣でも無理ですよ!」
ヘクターは叫び、さらなる一撃を加えるため大剣を振り上げた。
――これ以上は受けきれない。
そう判断したのか、アリスはヘクターの一瞬の隙をつき素早く後方に飛んだ。
その刹那、一つに束ねていた金色の髪がふりほどけ、辺りにキラキラと輝きをまき散らす。
「遅いぞ! ヘクター!」
ヘクターのクレイモアは空振りとなって、地面を思い切り叩いた。
刃が地中にのめり込み、周囲に砂塵が舞う。
アリスはきりりとした表情で、再び剣を構えた。
思わず見とれてしまいそうなその姿は、第一印象の通り、まさに地上に降臨した戦いの女神の化身のようだ。
「アリス王女、剣はかなりの腕前ですね。魔法で強化したとはいえ大したものです」
ヘクターは軽く息を切らしている。
が、アリスはヘクターに休む暇を与えない。
「当然だ!」
アリスはそう叫び、果敢に切り込んでいく。
「この剣には死んでいった仲間たちの想いが込められているのだからな!」
そして再び、二人の剣と剣、力と力の激しい打ち合いが始まった。
一瞬たりとも目の離せない、凄まじい一騎打ちだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
しかし魔法で強化した能力は、時間が経てば経つほど低下していく。
いつまでもアリスを一人で戦わせるわけにはいかない。
ここは魔法でアリスに加勢するべきか。
それともセフィーゼを――
と、一瞬迷ったその時。
『エアブレード――!!』
セフィーゼが魔法を唱える声が聞こえた。
剣と魔法のコンビネーション攻撃か。
虹色の風が、ヘクターを避けるように大きく弧を描きアリスを襲う。
何というセフィーゼの魔法のコントロール能力!
それ自体が鋭い刃物のような『エアブレード』の風は、剣を斬り結ぶアリスとヘクターの横をいったん通り過ぎ、ブーメランのようにぐるりと旋回した。
セフィーゼは背後からきっちりアリスを狙ってきたのだ。
しかし、アリスはヘクターとの戦いに必死でそれに気付かない。
大丈夫か!?
と、思ったその瞬間――
『Mガード』の魔法の壁が三度効果を発揮した。
虹色の風はまたしても、アリスを傷つけることなく瞬時に消えてなくまってしまった。
それを見て僕は胸を撫で下ろした。が、『Mガード』の耐久力もそろそろ限界に近いはず。
やはりこのままではダメだ。
積極的に攻勢に出て、セフィーゼを倒さなければこの決闘は負ける。
アリスも同じことを思ったのだろう。
ヘクターと戦いながら、しきりに目配せを送ってくる。
(私は大丈夫だからセフィーゼを――)
と、僕に伝えたいのだ。
戦いが始まる前の話し合いで、セフィーゼは僕が、ヘクターはアリスが各々相手するように決めてあった。
アリスがヘクターの動きを封じてくれている今こそ、セフィーゼを討つ絶好のチャンスだ。
僕はアリスに(わかりました)とうなずき返し、自分自身に『アクセル』の魔法をかけた。
素早いセフィーゼに対抗するには、こちらもそれなりのスピードが必要だからだ。
魔法のバフ効果はすぐに現われ、自分でも信じられないくらい体が軽くなった。
これならいける!
と、僕はセフィーゼに視線を移した。
距離はかなりある。
セフィーゼは直接の戦闘は苦手。とにかく離れた場所から魔法だけを使っていたいのだろう。
――待っていろ、セフィーゼ!
僕はセフィーゼに向かってダッシュを始めた。
お前の風魔法が絶対ではないことを、今、思い知らせてやる!




