(6)
振り向くとそこに、黒い日焼け肌の筋骨隆々とした男が立っていた。
年齢は20台半ばだろう。
目つきは鋭く、頬には大きな刀傷があるが、口元はへらへらしていてちょっと軽薄そうな感じもする。
男は歩きながら、気さくに話しかけてきた。
「おめーさっきから王女様の方ばっかり見てるなあ」
「み、見てないよ、別に。――騎士団があまりに格好良くて、そっちの方を見てたんだ」
男の指摘は図星だったが、恥ずかしくて思わず言い訳をしてしまう。
「ごまかさなくてもいいじゃないか。まあ、あんな美人じゃ無理もねえよな。おめーもどうせ田舎出身でろくな女知らないだろ」
「そ、そんなことないよ」
「まあムキになるなって」
男はニヤニヤしている。
「それでおめー、どこの出身なんだ?」
一瞬、言葉に詰まる。
なんて答えれば――?
「と、とうきょうだよ」
咄嗟にうまい嘘が思いつかず、つい本当のことを言ってしまった。
「トウキョウ? 聞いたことねえな。よっぽどの田舎か」
と、男は首をひねった。
「あ、ああ。遠い地方だよ」
まずい。
異世界では、絶対に現実世界の話をしてはダメ!
と、セリカに言われていたのに――
だが幸い、男はそれ以上何も突っ込んでこなかった。
「そうなのか。で、おめー名前は?」
「ゆ、ユウト」
「そうか、俺はエリックだ。おめーと同じく地方の出身だよ。まあ剣の腕にはちっとは自信があるから、それで身を立てようと思って軍に志願したってわけだ」
エリックは槍を持ったまま、腕を曲げて力こぶを作ってみせにっこり笑った。
「といっても俺もまだ入隊したばかりだからな。右も左もわからねえ。ま、お互い助け合っていこうや。よろしくな」
言葉使いは乱暴だが案外悪い人でもなさそうだ。
しばらく話をしてみようかと、少し迷う。
――いや、ここでためらってたらダメだ。
現実世界での自分は、人見知りが激しくて、初めて会った相手に対してはろくに会話できなかった。でも、そのせいでいつも損ばかりしていた気がする。
異世界まで来て、同じ轍を踏むのは絶対に嫌だ。
それに今は、この世界の事を少しでも多く知りたい。
僕は勇気を出して、エリックに色々と質問してみることにした。
この人の場合、年上だろうけどため口で良さそうだ。
「あ、あの、エリックさん。ちょっと聞いていい?」
「“さん”づけなんかしなくて、呼び捨てでいいぜ。――で、なんだ?」
「このロードラント軍はどこに向かっているの? アリス様を護衛しているのはわかるんだけど」
「はあ?」
エリックは口をポカンと開けた。
「あの……よく状況がわからないんだ」
と、僕は正直に言った。
「おめー、頭大丈夫か? いくらなんでもそれはないぜ。これから戦争しようっていうのに、敵の名前も知らないなんてありえんだろう」
エリックはあきれ返っている。
「頼む、教えて」
「まったくどうしようもない奴がいたもんだなあ……。あのな、我がロードラント王国軍はな、隣のファリア共和国との国境あたりで反乱を起こしたイーザ族っつう辺境の蛮族をやっつけに行くんだ。
連中ファリアの領土の一部を占拠したうえ、そこを拠点に今度はロードラントに矛先を向けやがった。ファリアは同盟国だから、まあ助太刀の意味もあるわな」
「なるほど」
「俺もよく知らねえけど、ファリア共和国は今、内部で色々争っているらしくてな、小規模な反乱すら鎮圧できない状態らしいぜ。
しかしおめー、敵の名前すら知らんとはなあ。さては徴兵組か?」
「う、うん」
適当に話を合わせる。
「やっぱりな。無理やり引っ張られてきたんじゃあ、しょうがねーかもな」
「あの、もう一つ聞きたいんだけど」
「いいよ、何でも答えてやる」
「なんでそんな地方の小さな反乱をわざわざ、あの――王女様が出向くの?」
当然の疑問だろう。
エリックはうなずいて答えた。
「ああそれはな、ロードラント王国は王が先陣を切って敵を打ち負かすってのが昔からの伝統なんだよ。王が真っ先に戦場を駆け、それにみんなが付いて行くってわけ」
「へえ、王様って意外と大へんなんだね」
「歴代の王はそれを忠実に守ってきたんだよ――とまあこれは建前だけどな」
エリックがニヤリとした。
「実際はな、王は最初は安全地帯にいて軍の本体が敵を徹底的にやっつけたあと、最後に華々しくお出ましになる、いつもそんな感じなんだ。そりゃ王の身になんかあったら一大事だからしょうがないかもしれねえけど、付き合う俺らはバカみたいだよな」
「じゃあこの遠征もそうなの?」
「そうだ。ルドルフ王は来られなくて、アリス王女はその名代でご出陣というわけだ。まあイーザ相手ならそれで充分だろ」
「もしかして、みんな緊張感がないのも……」
「ああ。イーザなんてしょせん雑魚、今頃もう先鋒の第一軍、主力の第二軍でボコボコになってるだろうよ。もう勝ちは決まっているから、我らアリス王女護衛軍はダレきっちゃってるんだ」
「はー、そういうことだったんだ」
なるほど。
ようやく事情が呑み込めてきた。