(1)
静まり返る戦場に立つ、四つの影があった。
王女と兵士、少女と将軍――
傍から見れば何ともおかしな組み合わせに思えるかもしれない。
僕だって、まさか異世界にまで来て、こんな奇妙なタッグマッチをするはめになるとは思わなかった。
ちなみに決闘のルールは至ってシンプルだ。
基本的に勝敗はアリスかセフィーゼ、どちらかが死ぬか戦闘不能になった時点で決する。
僕とヘクターの生死は考慮に入れない。
加えて降参もあり、ということになった。
これはヘクターのたっての申し出で、万が一の時、セフィーゼの命を守るための保険だろう。
もっともセフィーゼ本人は不満そうだったが――
とにかく降参できるということはこちらにとっても好都合なので、もちろん僕たちはその申し出を受けた。
後はひとたび戦いが始まれば誰がどう動いても、攻めても守ってもまったくの自由。攻撃方法にも制限はなし。
第三者の介入は不可。これは言うまでもない。
一つ気がかりなのは、アリスが勝った場合、彼らが本当に約束を守るかという点だ。
勝敗が決した後、丘の上で待機しているイーザの騎兵隊が襲いかかってこないという保証はどこにもないのだ。
しかし、先回りをしてあれこれ心配しても意味がないのもまた事実。
結局、今は勝つことだけに全神経を集中させるしかないのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さ、そろそろ始めよっか」
セフィーゼが向こうから叫ぶ。
「それともやっぱり怖くなった? ユウトくん、止めるなら今のうちだよ?」
「いいえ、戦います。でも少しだけアリス様と話させて下さい」
「最後のお別れでも言いたいの? ま、好きにすれば?」
と、セフィーゼは余裕たっぷりだ。
しめた。
甘いな、セフィーゼ。
「アリス様――」
僕とアリスはそれから少しの間話し合った。
セフィーゼとヘクターの持つ能力のこと、この場で使えそうな白魔法のことを伝え、僕なりに考えた作戦をアリスに説明する。
「いけそうだな」
アリスがうなずく。
「ユウトと一緒なら、きっと勝てる」
「はい!」
僕はこの人に信用されてる――
それが分かっただけで、嬉しくて、胸が一杯になった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さあ、もういいよね」
セフィーゼが大声で言った。
「名残惜しいかもしれないけれど――」
「ああ、いつでもいいぞ」
と、アリスが言い返す。
セフィーゼとヘクターを見すえながら、僕は腰に差した剣の鞘に手を伸ばし、その感触を確かめた。
戦うためというより、護身用に作られたショートソードだ。
これを抜いたことはまだ一度もないし、できれば使いたくもない。
「ユウトくんがいるんだから、最初から手加減なしでいくね。まさかいきなり死んだりしないよね?」
セフィーゼが不敵な笑みを浮かべる。
『風よ――力を!』
セフィーゼの右手の指先に虹色の風が渦を巻き始めた。
もうお馴染みになった風魔法だ。
一方のヘクターは黙ってその場に突っ立っていて、動く気配はまったくない。
向こうは僕がどんな魔法を使えるか知らないから、最初は様子見、といった感じか。
つまり、離れた場所からセフィーゼが攻撃を仕掛け、僕たちの出方をうかがう作戦だ。
その間にも、セフィーゼの魔力がどんどん上がっていく。
「アリス様、きます!」
僕は横に並ぶアリスに注意を促した。
「わかっている!」
アリスは右手に神剣ルーディスを持ちかえ、空いた左手を僕に差し伸べた
ごく自然な感じで手と手をギュッと握り合う
アリスの手のひらは熱がこもり、かすかに汗ばんでいた。
『エアブレード!!』
セフィーゼが叫び指を勢いよく前に突き出す。
次の瞬間、虹色の風が「ヒュン」と音を立てながら一直線に僕とアリス向かって飛んできた。
が、攻撃のタイミングはもう予想がついている。
セフィーゼが『エアブレード』を放つ前に、僕は呪文を唱え終えていた。
『Mガード!』
たちまち青い透明の壁が、僕とアリスの周りに張り巡らされた。
『ガード』の魔法で防げるのは敵の物理攻撃だけ。
攻撃魔法には『Mガード』で防御しなければならないのだ。
その直後、空を切り裂きながら虹色の風が飛んできた。
セフィーゼの狙いは正確で、もしまともに当たれば確実に体が真っ二つになってしまうだろう。
魔法によって切断された竜騎士の死体が一瞬フラッシュバックし、僕はつい目をつぶってしまった。




