(17)
「だけどさ、あなたって魔法は使えないんだよね?」
と、セフィーゼがアリスに訊く。
「残念ながらな」
「それじゃあ戦っても一瞬で勝負が付いちゃうね。そんな戦い方をしたら後でやっぱり卑怯者呼ばわりされそう――わかった、私も剣で戦う。魔法は使わない」
「セフィーゼ、あなたはさっきから何を言っているんです!!」
ヘクターがついに耐えきれなくなったのか、大声で叫んだ。
「私たちは勝利をほぼ手中に収めているのですよ。それを今さら一騎打ちだなんてあり得ません。ましてや剣で戦うなんて! 気でも狂ったのですか!」
「ヘクター、聞いてなかったの? これはパパの仇を打つための正式な決闘なの! ヘクターは王女を生かしておきたいのだろうけど、そうはいかないんだから。王女は私が正々堂々戦って殺す。もう決めたもの」
「なりません! 団長に万が一のことがあっては――」
「いいから口を挟まないで!」
「絶対にダメです!」
「なによ! この分からず屋!」
セフィーゼはまるで親に反抗する駄々っ子に、ムスッとふくれてしまった。
「ヘクター!」
と、そこでアリスが二人の会話を遮った。
「なんですか? アリス王女」
「何度でも言う。今はセフィーゼが族長だということを忘れるな! お前はその族長の意思に背くというのか?」
「……しかし」
「まだためらうのか、ヘクター? ――ならば条件をもう二つ付け加えてやる。私はレーモンのようにケチくさいことは言わん。もしセフィーゼが私に勝ったら、イーザの完全な独立を認めよう。その上で私が王国領土に所有する荘園を全部くれてやる。年間20億エキュの収入のある土地だ。どうだ? これで不満はないだろう」
「それはまたずいぶん気前のいい。ですが、にわかには信じられません」
「何だと!? 疑うのか? よりによってこの私を!」
アリスはここぞとばかりに声を張り上げる。
「ヘクター、見くびるな! ロードラントの次期王位継承者の名に懸け、私は嘘偽りは申さん!」
僕には分かる。
もし決闘に負けたなら、アリスは本気でそうするつもりなのだ。
「でもでも、もしわたしがあなたに勝つどころか本当に殺しちゃったら?」
すっかり開き直ったセフィーゼが、アリスに問いかける。
「ロードラントはイーザを絶対に許さないんじゃない?」
「いや、王位継承者に二言はない。レーモンに厳命し、たとえ私が死んだとして約束は必ず実行させる。向こうで戦いを見守っている私の兵士たち全員がその証人だ。彼らが無事にロードラントに帰った暁に、この取り決めが真実だということを証言させる」
なるほど、それなら万が一アリスが決闘に負け命を失っても、セフィーゼたちが撤退するロードラント軍に手を出すことはないはずだ。
アリスはそこまで考えて発言しているのだ。
もちろん僕は、決闘でアリスをみすみす殺させるつもりはないが――
「あとは私が勝った場合だが――セフィーゼ、その時は武装を解除しおとなしく撤退しろ。その後は我々に武器と軍馬すべてを引き渡し、二度と反乱を起こさないように誓え。――それだけだ」
「いいわ、私もイーザの長として約束する」
セフィーゼがうなずく。
「それと戦いにハンデなどいらんぞ。最初から魔法を使って全力でこい」
「えー」
セフィーゼは口をあんぐりさせた。
「本当にいいの?」
「うむ。ただしこちらも一人、魔法を使える味方を呼ぶ。だがもちろん二対一ではない。セフィーゼはヘクターと組めばよい」
「二対二――計四人で戦うってこと?」
「そうだ。それで対等だろう」
「ホントに、本当にそれでいの?」
セフィーゼはあきれた顔で念を押す。
「言っとくけど、ヘクターはイーザの戦士の中でも一番強いんだよ? たぶん絶対後悔するよ。仲間の死体が一つ増えるだけだよ」
「かまわん」
「へえー、ずいぶん余裕なんだね。ねえヘクター、その条件ならいいよね?」
「……仕方ありません。我々もあまり時間がない。早く終わらせましょう」
ヘクターは渋々うなずいた。
とはいえヘクターも、自身の剣とセフィーゼの魔法との組み合わせなら、絶対に負けないという確信があるのだろう。
でなければこんな決闘を承諾するはずがない。
そんな二人に対して、僕たちは――
剣の腕に関してはまあまあのアリスと、白魔法しか使えない自分。
勝てるのか? それで……。




