(16)
「パパ、だと?」
アリスは眉をひそめた。
「そうよ、パパはあんたたちに殺されたのよ!! 何があっても絶対に許さないんだから!!」
「それは一体どういうことだ?」
「へえー。あくまでシラを切るんだ」
セフィーゼの目が怒りに燃える。
「じゃあ教えてあげる。いい? 私のパパ――前の族長ウォルフはね、この間ロードラントの王様に呼び出されしぶしぶ王都に出かけて行ったの。しばらくして帰ってきたけど、その時はもう様子がおかしかった。そして言ったわ、『ロードラントはイーザを滅ぼすつもりだ』と」
「バカな! そんな話、私は聞いたこともないぞ」
「それだけじゃない。パパはその後すぐに倒れて、三日三晩苦しみ抜いて死んだわ。――ねえ、パパの最後の言葉なんだったと思う? 『ロードラント王に毒を盛られた』だって。わたしは別れの挨拶すらまともにできなかった」
「ロードラント王が――私の父が族長の毒殺を謀っただと?」
「そうよ! パパはそれまでは病気の一つしたことなかったのよ! それがいきなり死んでしまったんだから!」
セフィーゼの目から涙がボロボロこぼれ落ちた。
なにやら陰謀めいた、そして不可解な話だ。
だが、もしセフィーゼの話がすべて真実だとしたら、イーザが反乱を起こした理由も納得がいく。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
セフィーゼの話を聞き、アリスは神妙な顔をして黙りこんでしまった。
もしかして、何か思い当たる節でもあるのだろうか?
「黙ってないで、なんとか言いなさいよ!」
セフィーゼがヒステリックに叫んだ。
「……残念ながら、私はその件についてはまったくの不知だ」
アリスがようやく口を開いた。
「お前みたいな子供がイーザの族長を継ぐのはおかしいと思っていたが、そんないきさつあったのか」
「私は子供じゃない!! 偉大な族長ウォルフの娘、そして誰よりも強い風の魔法使いよ。さあ、覚悟なさい。わたしは今、あなたをここで殺す!」
ああ――まずい!
イーザの族長である父親の最期を思い出したことで、消えかかっていたセフィーゼの復讐心に再び火が付いてしまったようだ。
しかし、アリスは冷静だった。
逆に、セフィーゼの気勢をそぐように言い返す。
「やれやれ、そういうところがお子様だと言うのだ」
「はあ?」
「つまるところ、お前の目的はロードラント王家に対する復讐ということだろう?」
「その通りよ! 子が親の仇を討つ。それのどこが悪いの?」
「悪くはない、が――個人的な感情で部族全体の運命を左右してしまうのは、部族の長としては失格だな。私も同じような間違いをおかしたからよくわかる」
「誤解しないでいただきたい」
ヘクターが再び口を挟んだ。
「ウォルフ族長の死を弔うためにロードラントに戦いを挑む。それはセフィーゼ一人が決めたことではない。我がイーザ一族の統一された意思なのです」
「やられたら必ずやり返す。それがわたしたちの鉄の掟なんだから!」
セフィーゼが涙をぬぐいながら叫ぶ。
「まったく――」
アリスがふっと肩の力を抜いた。
「すべてが見当違いでいちいち反論するのも腹立たしいな。それに何を言ってもお前は私のことなど信じないだろうし、一度抜いた剣を今さら収めるわけにもいかないだろうしな」
「フフン、どうやら言い訳するのもあきらめたようね!」
「分かった分かった! 何とでも言え。――で、セフィーゼ、結局お前はどうしたいのだ? 私を殺せば本当にそれで気が済むのか?」
だが意外にも、セフィーゼは首を横に振った。
「あなたの言い分にも一理ある――それは認めるわ。無抵抗の人間を殺すのは卑怯だし、仇討ちとしても不完全」
「ほう、ではどうする?」
「アリス王女、剣を拾いなさい!」
セフィーゼはアリスをキッとにらんで言った。
「あなたは王様の代わりなんでしょう? ということはパパの仇と同じということ。今から正々堂々と戦ってあなたを殺してあげる」
「一騎打ち、か」
「ええ、そうよ。どう? 受ける? ロードラントの王女様」
「面白い。受けて立とう。私もちょうど見ているばかりではつまらんと思っていたところだ」
アリスは足元に転がっている神剣ルーディスを拾い上げた。
途端に、剣が不思議な輝きを放つ。




