(15)
「さてセフィーゼ――」
アリスが唐突に話を切り替えた。
「やはりお前は嘘をついていたな」
「え……?」
「今さっきお前は言ったではないか、『わたしは無抵抗の人間は殺してない。戦争だから仕方なくやったんだ』と」
「あ……」
虚を突かれ、セフィーゼはひどく狼狽している。
「ところがお前は捕虜を――無抵抗のロードラント人を大量に殺した。言っておくが、彼らも故郷に帰れば妻子や親兄弟がいる普通の人々だったのだ。むろんそこらに転がっている、お前が魔法でズタズタに切り裂いたボロキレのような死体も同様だ」
「そ、そんなこと……」
「もしやお前は今までそういった想像を――残された者の悲しみを考えたことはなかったのか?」
「違う。何も感じなかったわけではないわ…………」
セフィーゼの声はほとんど消え入りそうだ。
「お前はこうも言っていたな。『命には命で償ってもらう、私は全然殺し足りない』と。だが、たった一人で無辜の捕虜を何百と殺ったことが露見した今でも同じことが言えるのか? それともまさか魔法で人を殺すことに楽しみを――快感を覚えてしまったのか?」
「やめて……わたしは楽しんでなんかない…………………」
「その様子だと少しは良心の呵責を感じているようだな。ではもう一つ肝心なことを言っておこう」
わなわなと震えるセフィーゼを見て、アリスはさらに語調を強めた。
「今ここに残ったロードラント軍は、ハイオークやコボルトどもに痛めつけられ疲弊しきっている。お前が魔法を使えば何もできずに全滅だ。
セフィーゼ、私が言いたいことはわかるな? お前がそれでも私たちを攻撃すると言うのなら――それは戦争ではない、虐殺と同じだ」
「ですから言ったでしょう」
ヘクターがたまらず口を挟んだ。
「アリス王女、あなたが捕虜になればその他の者は全員助けると」
「散々私の仲間を殺してくれたお前たちの言葉を信じろだと? 無理だな」
「無理でも何でもアリス王女、あなたは我らに従うしかない。拒否権はないのです。さあ武器を捨てこちらに来なさい!」
「口を出すな、ヘクター! 私はイーザの族長であるセフィーゼと話をしているのだ」
アリスはそう言ってから、いきなり神剣ルーディスを投げ捨てた。
一歩、二歩とセフィーゼの方に向かって足を踏み出す。
「セフィーゼ、今すぐにここで私を思いのままに殺れ! 私は何の抵抗もしないぞ。お前は無抵抗の相手でも平気で殺せるのだろう?」
「わたしは…………わたしは…………」
「さあ、お得意の魔法で憎きロードラントの王女を殺ってみろ。それで私の兵を救えるなら、この命よろこんでくれてやる」
だがセフィーゼは動かない。それどころか、体の震えがガタガタと目に見えるくらい酷くなった。
アリスの言葉に凄まじいショックを受けたのだろう。
「どうしたセフィーゼ? 顔色が悪いぞ」
「……………………」
「どうやら自分の犯した罪の重さに気付いたようだな。そうだ、どんな大義名分を掲げようとも、捕虜を虐殺した時点でお前たちに正義はなくなったのだ」
「………………黙れ」
「だが今ならまだ間に合う。ここで互いの軍を引けば、これ以上の流血は避けられる。違うか?」
「黙れ黙れ黙れ黙れ――!!!!!」
突然セフィーゼが叫んだ。
同時に全身から憎悪のオーラが湧き出し、魔力がぐんぐんと上昇し始めた。
まずい。
アリスが煽りすぎたのか?
「なに偉そうなこと言ってんのよ!! パパを殺したくせに!!」
セフィーゼが絶叫する。
その目には大粒の涙が光っていた。




