(7)
「……仕方あるまい」
レーモンは渋い口調で言った。
「ではさらにもう一段譲歩してやろう。いまだし条件に加え、今後、毎年ロードラントに納める租税の賦課額を恒久的に半減させる。それでどうだ」
「ふーん。血の代償を金で払う、ってこと?」
セフィーゼは冷たく返した。
「やっぱり話にならないわ」
「なんだと?」
「話にならないって言ってんだよ!!」
セフィーゼがそこでついに怒りを爆発させた。
十代前半の少女とは思えない激しさだ。
「セフィーゼの言うとおりです。そもそも何を根拠に、毎年我々があなた方に高い税金を払わなくてはいけないのですか? 我々はあなた方の従属物ではない。独立した一個の民族なのですよ」
と、ヘクターが畳み掛ける。
「目には目を、歯には歯を――命には命で償ってもらうから」
セフィーゼが叫んだ。
「命、だと?」
「そう命、命よ! この世で最も貴重な――何ものにも代えがたい人の命よ」
「しかし貴様らは、これまでの戦いでさんざんロードラント人を殺してきたではないか。それでもまだ十分ではないと言うのか!」
「そうよ! そんなじゃ全然足りない。いい? よーく聞いて。あんたたちが助かるための条件はただ一つだけだから」
セフィーゼが絶叫する。
「アリス!! アリス王女をこちらに渡しなさい。そうすれば他の兵士の命だけは助けてあげる」
「貴様!!! 言わせておけば!!」
耐え続けてきたレーモンの堪忍袋の緒がそこで切れた。
激怒して剣を抜き、正眼に構えたのだ。
それに対し、セフィーゼは右手を上げ人差し指を天にかかげた。
『――風よ!』
セフィーゼの指の先に、虹色の風がくるくると渦を巻いた。
まるで小さな竜巻のようだ。
「さあ、ほんの少しの間だけ回答を待ってあげる。早く決断なさい」
セフィーゼとレーモンの間に激しい火花が散る。
今にも一触即発な雰囲気だ。
「やはりレーモンに交渉を任せたのは誤りだったな」
と、それを見ていたアリスが苦笑する。
「でも、このままでは二人の間に戦いが始まってしまいます」
リナはオロオロして、ついアリスにすがりつく。
「ユウト――」
アリスが僕の方を向き、言った。
「すまないが、お前の力を今一度貸してほしい」
「え!?」
「私はどうしても皆を救いたい。全員無事にロードラントに帰してやりたいのだ。が、今のやり取りを見て少々気が変わった。タダで奴らの捕虜になってやるのも面白くないしな」
「と言うと……?」
「あのセフィーゼとかいう小娘に一泡吹かせてやりたくなったのだ。――しかしそれにはユウト、お前の力がどうしても必要だ。また危険な目に会わせてしまうが……」
「もちろん、できることなら何でもします」
「そうか」
アリスはうなずくと、いきなり身に付けていた銀の鎧を外し始めた。
どういう仕組みなのかはわからないが、鎧は手・足・胴次々と、ワンタッチであっという間に脱げてしまった。
この世界の甲冑は、どうやら現実世界の物より優れているようだ。
「ああ、これで楽になった。やはり鎧は窮屈でかなわん」
今やアリスが身に付けているのは、薄い鋼の胸当てと、中世風のブラウスにズボンのみ。
まさかこの軽装で、セフィーゼ、ヘクター両名と戦うというのか?
「ユウト、なんだその心配そうな顔は。私は身軽なのが好きなんだ」
アリスはその金糸のように美しい髪を、後ろでキュッと一つに束ねながら、僕の顔を見てニヤリとした。
「あの風の魔法の前では、鎧などクソの役にも立たないからな」
「アリス様……」
それはそうかもしれないけれど、クソの役って……。
王女にふさわしくないお下品な言葉。レーモンが聞いていたらさぞかし怒っただろう。
でも、僕は思わず笑ってしまった。




