(3)
「奴ら、許せん……!」
ロードラント軍の正面中央にいたレーモンが、憤然とし叫ぶ。
怒りに震え、今にも前に飛び出して行きそうだ。
「レーモン、落ち着け!」
只ならぬ様子に気が付いたアリスが、レーモンを諭す。
「下手に動けば連中の思うつぼだぞ!」
「アリスさま、ですが――!」
と、食い下がるレーモン。
「待てと言ってっているのだ。レーモン、頼む、私に少しだけ考える時間をくれ。結論はすぐに出す」
アリスはあくまで冷静だ。
どうやら、いつの間にか二人の立場は逆転してしまったようだ。
しかし――
アリスはこの絶体絶命の状況下、いったい何を考え、どのような結論を出そうとしているのか?
いや……。
アリスでなくとも、思いつくことは一つしかない。
すなわち――降伏だ。
コボルト兵は人外の化け物だが、イーザ兵は違う。
言葉も通じるし感情もある人間だ。
確かにここで降伏すれば、彼らも、ロードラント兵の命だけは助けてくれるかもしれない。
だが、ロードラントの王女であり、この軍の名目上のトップであるアリスの処遇はいったいどうなるのだろう?
捕虜として連行されるのは確実として、その後は?
和平の交渉材料になるのか、最悪命を奪われるのか――?
そうでなくても悲惨な目に合う可能性は高い。
かといって今のロードラント軍にはもう、イーザ軍とやり合う戦力は残っていない。
無理をして戦っても、おそらく一方的な殲滅戦になる。
結局僕たちが生き延びる方法は、降伏するより他はないのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから数分、すでに結論を出すに十分な時間は経った。
アリスは何も言わず、魔法少女セフィーゼの方へ向かって歩き出した。
「アリス様、いったどうなさるおつもりなのですか?」
レーモンが焦って、前に行こうとするアリスを呼び止める。
「降伏する」
「な、なんと!?」
「イーザの狙いは私だ。私の首を差し出せば彼らも満足するだろう。そうすれば兵士たちは皆、助かる」
と、アリスは平気な顔で言った。
やっぱりか。
思った通り、アリスは自らを生贄にして、兵士たちの命を救おうとしているのだ。
あるいはロードラント軍が危機に陥っちいったのは、すべて自分の判断ミスにあると考え、そのけじめをつけようとしているのかもしれない。
確かに、組織に何か不始末があれば、最終的に責任を取るのはその長=アリスというのが道理。
とはいえロードラント軍の撤退が遅れたのは、アリスが第一軍と第二軍の敗走する兵士を救おうとしたからで、その点については誰も彼女を責められないはずだ。
「アリス様、そんなこと言ってはなりません!」
レーモンはアリスの降伏を断固阻止するべく叫んだ。
「もしあやつらの捕虜になれば、アリス様はいったいどのような扱いを受けるか! もしアリス様の身に何かあれば、私たちは全員死ぬしかありません」
「バカを言え! それでは私が捕まる意味がないではないか。――よく考えてみろ、レーモン。イーザに無謀な戦いを挑んで皆揃って討死にするよりも、私一人が捕虜になった方がよほどマシではないか」
「いいえ、アリス様一人を置いてどうして王都に帰れましょう。それだけは絶対にありえません!」
――自分たちの身はどうなってもいいからアリスの命だけは守る。
王室に仕えるレーモンたちにとっては、そう考えるのが当然だ。
でも、一般の兵士――トマスのように食べるために軍に志願した人や、徴兵された人たちの気持ちはどうなんだろうか。
たとえアリスが犠牲になっても、自分たちは生き延びて故郷に帰りたいのではないか?
しかしレーモンのような上級の騎士には、そんなこと思いもつかないに違いない。




