(11)
すると矢は、まるで標的を見つけた誘導ミサイルのように、上方向にいきなりグイッと軌道を曲げた。
さらに速さと勢いも急加速する。
狙うはエリックが『オーク殺し』で付けた眉間の傷口――
まさしく、猫の額ほどのほんのわずかな範囲だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『エイム』
飛び道具専用の攻撃補助魔法。発射された矢などの武器の命中率と威力を上昇させる効果がある。
限られた場面でしか使わないマイナーな魔法だが、やはり、術者のレベルが高ければ高いほど精度と威力は上がる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「いけえええええええええええ――」
ハイオークが僕の前に立った。
飛んでくる矢など気にもせず、槍を振り上げ狙いを定める。
次の瞬間――
「ブシュッ!」
という鈍い音がした。
「ウ……ウ……ウウウウ……」
ハイオークは一瞬硬直し、うめき声を発しながら後ろによろめいた。
その眉間には、リナの放った二本の矢が深々刺さっていた。
やった――のか?
と、固唾を飲んで見守っていると――
ハイオークはそのままの体勢でしばらく耐えたのち、ついに、大音響とともに地面に仰向けに倒れた。
それからしばらくの間、ハイオークはその強大な手足はヒクヒク痙攣させていたが、その動きも、やがて完全に止まった。
終わった。
死闘の末、僕たちはハイオークを倒したのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ハイオークが倒れたのを見て、後方のロードラント軍の陣営から大きな歓声が上がった。
「西へ! 全軍突撃」
続いてアリスの声が轟く。
当初の作戦通り、進撃を開始した。
一方、ハイオークという絶対的なボスを失ったコボルト兵は大混乱に陥っていた。
統制と戦意を一気に喪失し、もはやまともに戦うことができない。
ロードラント軍は、そんな数千のコボルト兵を一方的に蹴散らしていく。
この様子なら、アリスたちとはすぐに合流できそうだ。
――だが、ホッとしている時間はなかった。
エリックの状態は一刻を争うからだ。
僕は急いでエリックに駆け寄り、ケガの程度をざっと確かめた。
口からかなりの量の血を吐き続けている。肺か気管が傷ついているのかもしれない。
ハイオークにぶん投げられた時に折った右足の状態も、かなりひどい。
しかし、少なくとも死んではいない。
よかった、これなら僕の魔法で――
僕はまず、エリックの右足を手でまっすぐに伸ばしてあげた。
それから、できる限りの魔力を込め『リカバー』を唱えた。
効果はてきめん。
吐血は治まり、みるみる顔に赤みが戻ってきた。
折れた足の骨も、すぐに元通りという訳にはいかないが着実に修復されていく。
とにかく危険な状態は脱したようだ。
「ユウトさん!」
リナの弾んだ声だ。馬を降り、こちらに走って来た。
「やりましたね!」
「いえ、あの時リナ様が弓を射ってくれたおかげです」
「私はユウトさん指示に従っただけです。でも、まさか魔法で矢を操れるなんてことができるとは思いませんでした。――あ、エリックさん!!」
「おい、ユウト……」
エリックが目を覚ました。
口をわずかに動かし、なんとか声を出す。
「……ユウト、俺はもう大丈夫だ。それよりマティアスの治療を頼む」
「分かった、まかせて」
僕はうなずいて言った。
確かに、マティアスはハイオークの鉄拳をまともに食らっている。
もし生きているのなら、エリックと同じようにすぐにでも治療を始めなければ危ない。
僕はリナにエリックのことを頼み、マティアスを探し始めた。
辺りは逃げ惑うコボルト兵と、それを追う竜騎士が入り乱れ滅茶苦茶な状態だ。
が、幸いにも、マティアスはすぐに見つかった。
彼の身に付けていた赤銅色の鎧が、混乱する戦場の中でも割と目立ったのだ。
マティアスは倒れてぐったりとしていたが、呼吸もしかっかりしており、エリックよりはずっと軽症な感じだった。
鎧が特別なのだろうか? 『リカバー』をかけると、かなりのスピードで回復していく。
まもなくマティアスは意識を取り戻した。
そして、上半身を起こして、
「ここは……? そうだ、ハイオークはどうした?」
と、僕に訊いてきた。
「マティアス様、もう大丈夫です。ハイオークは倒しました。コボルト兵もみんな逃げていきます」
「……あの男は――エリックは?」
「はい! 重傷を負いましたが、なんとか助かりました」
「そうか……」
それを聞いたマティアスが、ほんの少しだけほほ笑んだその時――
「ユウト!!」
向こうの方から僕を呼ぶアリスの声が聞こえた。
顔を上げると、白馬に乗ったアリスが、金の髪と濃紺のマントを風になびかせながらこちらに突き進んでくるのが見えた。
その後に、すっかり勢いを取り戻したロードラント軍の兵士たちが続く。
「見事だった、ユウト」
アリスはわざわざ馬を下り、僕のそばまで来てくれた。
すでに勝利を確信しているのか、その目は輝きを増している。
「いいえ、私はほとんど何もしていません。エリックとマティアス様に竜騎士、そしてリナ様のおかげです」
僕は正直に答えた。
事実、オークハイを倒すのに自分の魔法が役立ったのは、『リープ』と『エイム』を唱えた二回のみだ。




