(10)
だが、この状況で『ガード』の魔法を止め『リカバー』を使えば、二人ともハイオークに殴り殺さてしまう。
結局、僕たちが助かるには、目の前で暴れるハイオークを倒さなければならないのだ。
――じゃあ、いったいどうすればいい?
…………
……
…
いくら考えても、何も思い浮かばない。
このままだと、もう――
エリック、ごめん。
「必ず助ける」なんて簡単に言ったけど、やっぱりダメそうだ。
僕の魔力が尽きれば、そこで終わりになってしまう。
ただ一つ心残りなのは――リナのことだ。
手遅れになる前に、せめて一言「逃げろ!」と言いたかった。
だが今の僕は、ハイオークのパンチを防ぐのに精いっぱいで、リナの方を振り返る余裕すらない。
さっき目に刻んだリナの姿――
馬を颯爽と乗りこなし、ボウガンを撃つ彼女の姿だけが脳裏に浮かぶ。
――ん?
リナとボウガン、そして矢。
そういえば、リナは射撃が得意だったっけ……。
いや――
待てよ!
そうだ、その手があった!!
天啓の如く、とでも言うのだろうか?
リナのおかげで、僕はある魔法のことをパッと思い出した。
が、“その手”を使うにしても、いったんは『ガード』を唱えるのを止めなければならない。
――よし、ここは逆に!
僕は『ガード』の力を高めるため、魔力の出力をさらに上げた。
それに比例するかのように脈拍が速くなり、激しい耳鳴りが始まった。
体温も急激に上がった気がする。
まるで全身の血が沸騰するような感じだ。
今の自分完全にオーバーヒート状態。
だが、たとえ体が壊れてしまっても、ここで魔法を中断するわけにはいかない。
みんなが生きて帰れるかどうか、すべて僕の肩にかかっているのだから。
次の瞬間「パンッ」と、今までとは少し違った音がした。
より強化された『ガード』の魔法の壁が、ハイオークの拳を強く跳ね返した、その衝撃音だ。
相当痛かったのか、ハイオークは手首をふるわせ、恐ろしい顔で僕を見下ろしながら「グルルル」と吠えた。
ところが、どんなに怒り狂っても、今のハイオークの力では『ガード』の壁は破れない。
ようやくそれを理解したのだろう。
ハイオークは攻撃を中断し、何か武器はないかと周囲を探し始めた。
――これでこちらの計算通りだ!
ハイオークはすぐに、竜騎士の長槍が少し離れた場所に落ちているのを見つけた。
そして、その長槍を取ろうと体の向きを変え、足を引きずりながら歩いていった。
もしあれで強く突き刺されたら、たぶん僕の『ガード』の魔法は破られてしまうだろう。
けれどそんなことはどうでもよかった。その前に決着をつけるのだから。
僕は『ガード』の魔力を使うのを止め、リナに向かって大声で叫んだ。
「リナ様、ボウガンを構えてハイオークを狙ってください!!」
いきなりそんなことを言われて、リナは戸惑ったと思う。
クロスボウの矢がハイオークに効くわけない。それは誰もが分かり切っていることだからだ。
が、リナが現実世界と同じ素直な性格ならば、きっと指示に従ってくれる――
僕はそう信じていた。
馬上のリナは一瞬困惑した様子だったが、果たしてすぐに、
「は、はい!!!」
と返事をしてクロスボウを構え、ハイオークに狙いを定めた。
その時、ハイオークはちょうど地面に落ちていた長槍を拾い上げところだった。
人語が分かるのだから、当然僕が叫んだ内容は分かっているはず。
だが、まったく無視している。
今さらクロスボウの矢がどこに当たっても、ダメージはほとんどないと思っているのだ。
ハイオークは長槍を手にしてこちらに向き直ると、緑の血で染まった顔に不気味な笑いを浮かべ、
「……コンドコソコロス」
と、つぶやきながら、一歩一歩こちらに向かって歩き出した。
チャンスは今しかない!
そう判断した僕は、リナに向かって叫んだ。
「リナ様、撃ってください!!」
「えいっ!」
リナはクロスボウをハイオーク目がけて二発連射した。
一見無意味な攻撃。
ハイオークの体にどんな場所に命中しても、矢は跳ね返されてしまうだろう。
しかし――
『エイム!』
僕はあらん限りの魔力を込め、そう唱えた。
魔法の効果を受けて、二本の矢がほんの一瞬光る。




