(9)
『オーク殺し』はハイオークの眉間に深々と突き刺さっていた。
さすが特効武器、長槍なんかとは比べものにならない威力だ。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおお――!!」
天地を揺るがすような叫び声とともに、ハイオークはドスンと両膝を付いた。
確実な手ごたえを感じたエリックが、眉間から『オーク殺し』を引き抜く。
その途端、ハイオークの額から、不気味な緑色の血液が間欠泉のように大量に吹き出した。
しかし同時に、支えを失ったエリックの体が空に浮いてしまった。
もう『リープ』の魔法効果は切れている。
あとは下に落ちるのみだ。
そこでエリックはなんとかバランスと取ろうと、ハイオークの胸を蹴って、その弾みで地面に着地しようとした。
ところが――
「キサマ……!!」
ハイオークは怒りの声を発し、右手でエリックの体をぎゅっとつかんでしまった。
あんな深手を負わせても、まだ死なないのか!
ハイオークの硬い額を貫いたのだから、『オーク殺し』の威力は本物だったはず。
が、それ以上に、ハイオークの生命力が強かったのだ。
「シネ!!!」
ハイオークはエリックの体を思いっきり放り投げた。
エリックの体は数メートル飛んで地表をバウンドし、そのまま勢い余ってごろごろと転がった。
「エリック!!」
僕は叫んだ。
が、エリックはあおむけに倒れたまま、ほとんど動けない。
よく見ると右足があらぬ方向に曲がっていた。おそらく足の骨が砕けてしまったのだろう。
「あ、浅かったか……」
エリックがかろうじて頭を上げ、ハイオークを見てつぶやいた。
「……ったく、し、しぶとい化け物だぜ……」
「キサマダケハ、コロス……」
ハイオークはよろめきながらも立ち上がり、エリックの方に向かって歩き出した。
生き残りの竜騎士たちが飛びついて止めようとするが、手負いの獣はさらに凶暴になっていた。
みんな力負けして振り落とされてしまった。
このままだとエリックが本当に殺されてしまう!!
考えるより先に、僕は馬を飛び降りていた。
全速力以上の速さでエリックの方に走り寄る。
「……バ、バカ、来るな! ユウト、逃げろ!」
エリックが最後の力を振り絞って叫んだ。
しかし、ハイオークは倒れ込んだエリックの前に立ち、その鉄のような拳を振り上げた。
「シネ!!」
ハイオークが、かかげた腕を振り下す、まさにその寸前――
僕はエリックの前に滑り込み、咄嗟に魔法を唱えた。
『ガード!!』
「ドン!」と重い音がして、ハイオークの拳が宙に止まった。
魔法の壁が、その強烈なパンチを間一髪で防いだのだ。
「ウオォォォ!」
あと少しのところを邪魔されたハイオークは怒り狂い、繰り返し僕たちに拳を振り下ろした。
その度に「ドン、ガン」と魔法の壁が振動する。
深手を負っているとは思えない、強烈なパンチだ。
やばい!
これはきつい!
この攻撃、僕の魔力のすべてを出し切らないと防げない。
が、それもいずれ限界が来てしまう。
なんとかエリックを守ることができたが――その先をまったく考えていなかったのだ。
「……ユウト、俺はいいから逃げろ……」
エリックが朦朧としながらも、そう言ってくれた。
が、戦いが始まって以来、エリックは常に僕のことを心配してくれていた。
そんなエリックを見捨て、一人で逃げることなんてできるはずない。
「いや、逃げない。だって『ガード』で守るって約束したんだから」
「バカ、あれは取り消したはずだぜ……」
「そんなこと聞いてないよ」
「……ったく、お前ってやつは……」
「エリック、いいから黙ってて。必ず助けるから」
「……とにかく……逃げろよ」
エリックの意識がふっと途切れた。
まだ息はあるようだが、一刻も早く魔法で回復しないと命が危ない。




