(4)
と、その時だった。
エリックが僕を呼んでいるのに気がついた。
「おい、ユウト! 聞いているのか?」
「う、うん」
「おいおい、しっかりしてくれよ。いいか? 今はとにかく慎重に動け。たとえ竜騎士がやられそうになっても余計な手出しはするな」
「だけど……」
「戦ってる間は魔法の支援はいらないと連中が言ってるんだ。何かあってもこっちが気に病む必要はねえよ」
それはマティアスからの申し出だった。
戦闘中勝手な行動を取られると、騎士同士の連携が乱れて逆効果と言うのだ。
だがエリック曰く、それは彼らの建前で本音は違うらしい。
「要するに連中、俺たち下っ端の手を借りるのはプライドが許さないんだ。戦闘中助けてもらうのは耐えがたい屈辱らしいぜ」
「でも後で傷の回復はしてくれって……」
「それは戦闘行為に入らないっていう理屈なんだろう。まったく身勝手な話だぜ。まあ、お前は俺が合図したらその『リープ』の魔法を唱えてくれたらそれでいい。その時までは後ろで控えてろ」
『リープ』を唱えエリックをハイオークの頭上に飛ばすには、奴にかなり接近しなければならない。
その時が、僕とリナにとって一番危険な瞬間だ。
もちろんエリックは、それよりもっとずっと危ないのだが――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ハイオークと竜騎士団との戦いが今、始まろうとしている。
ハイオークは、ゆうに100キロはありそうな鉄球付きの戦斧を左手で軽々と持ち上げ、それに右手を添えた。
わずかに前傾姿勢を取り、ゆっくりと戦斧を構える。
来るか――!?
そう思った瞬間。
ハイオークは「ウオォ」と低く唸り地面を蹴りあげ、こちらに向かって三メートルほど一気に跳んだ。
巨体に似合わない、驚くべき速さだ。
竜騎士たちはハイオークの攻撃範囲を正確に見極めており、戦斧が振り回されても容易に避けられるだけの間合いは保っていた。
だが、ハイオークがいきなり跳躍してくるとは、さすがに予想外だったのだろう。
竜騎士団のうち、四騎ほどがハイオークの攻撃範囲に入ってしまった。
「シネ!!」
ハイオークはすかさず戦斧を水平に振り切った。
危ない! こいつ竜騎士四人をいっぺんに始末する気だ。
しかし竜騎士たちもさるもの。
斧を叩き切られそうになった直前、その卓越した身体能力を発揮し、四人全員が馬を捨て地面に転がって伏せた。
憐れなのは突然主人を失った馬たちだ。
いななく暇もなく、四頭すべてがハイオークの戦斧の餌食となり、首や胴体をすっぱりと切断されてしまった。
たちまち乾いた大地に血の池が出現し、辺りは凄惨な地獄絵図へと塗り替わる。
一方、狙いを外したハイオークは「オウッ」と悔しそうに吠えると、今度こそと言わんばかりに戦斧を大きく振り上げた。
そこにほんのわずかな隙が出来た。
マティアスはそれを見逃さなかった。
「今だ!」
と、鋭く叫ぶ。
同時に竜騎士がハイオーク目がけ、一斉に投げ槍を放った。
全員投擲スキルを持っているのか、スピアはレーザービームのようにハイオーク目がけて飛んでいく。
その数、十数本。
ほとんどのスピアはハイオークの手足胴体に突き刺さったように見えた。
普通の人間なら串刺しになって確実に死んでいるはずだ。
ところが――
ハイオークが斧を構えたままで体を少しひねると、スピアはすべて地面に落ちてしまった。
どうやらスピアは、ハイオークの鎧は突き破ったものの、その下の固い皮膚に跳ね返されたらしい。
結局、手足など、鎧に守られていない部分にわずかなかすり傷を負わせたのみで、ほぼノーダメージのようだ。
それからハイオークは不気味に笑い、戦斧を振り下ろした。
かろうじて体勢を立て直した竜騎士の一人が、剣でそれを受ける。
だが、あまりにも腕力に差がありすぎた。
勝負は一瞬でついた。
ハイオークの戦斧は、剣もろとも竜騎士を叩き切ったのだ。
リナが短い悲鳴を上げ、顔を背けた。
僕は逆に、恐ろしさのあまり体が硬直し目を逸らすことさえできなかった。
竜騎士は確かめるまでもなく即死で、治癒魔法を唱えてもまったく無意味なのは明らかだ。




