(14)
「ありがとうございます、アリス様」
エリックが『オーク殺し』を鞘に納めて言った。
「ハイオークの前に出たら、竜騎士様に敵の注意を逸らしていただきたい。その間に私がハイオークに跳び移り、体をよじ乗って脳天にこの短剣を突き刺してご覧にいれます」
「そんな曲芸のようなこと、本当にできるのか?」
「ええ、必ずやり遂げてみせますよ。なにせこの『オーク殺し』をもってしてもハイオークの鎧や、硬い皮膚を貫くことはできませんから、どうしても奴の急所を狙う必要があるんです」
身長が七メートルはあるハイオークに取りつき、頭に短剣を突き立てる――
いかにエリックの身体能力が優れていても、それはかなり難しいアクションではないだろうか?
当然、ハイオークは暴れまくるだろうし……。
――そうだ!
それよりいい方法がある。
魔法だ。あの魔法を使うのだ。
「あの……」
僕は思い切って申し出た。
「私が魔法でエリックを助けます。『リープ』の魔法を使うんです」
「『リープ』? それはどんな魔法だ?」
と、アリスが訊く。
「はい。『リープ』は人を瞬間的に高く跳躍させる魔法です」
本来『リープ』は山地やダンジョンなど、高低差のある場所で使う移動用の魔法だ。
でも、もちろんどこだって使えるはず。
「私がエリックに同行し、敵の寸前で『リープ』を使ってエリックを高く飛ばすのです」
「なるほど。奇襲で飛び込んでいきなり奴の頭を狙うのか」
「アリス様のおっしゃる通りです」
僕はうなずいて言った。
「ハイオークもそのような動きは予想しないでしょうから、成功する確率は高いかと思います」
「いや、ダメだダメだ」
エリックが頭を横に振る。
「それじゃあお前が危険すぎる。敵の包囲を突破した上でハイオークとも戦うんだぞ。ろくに戦闘経験もないお前じゃ無理だ」
「確かに私には経験はありません。でも魔法は使えます」
自分の身一つなら魔法で守れる。
それぐらいの自信はもうついてきていた。
「うーん。でもなあ」
エリックが渋りに渋る。
「お前は馬にうまく乗れるか? なにしろコボルト兵の群れの中を駆け抜けるんだから、よほど馬に慣れてないとダメだ」
「それは……」
エリックの言う通りだ。
残念ながら乗馬にはまったく自信がない。
「誰かの後ろに乗るってのも無理だぞ。二人も乗ったら、重くて馬のスピードが落ちるからな」
「それなら私が行きます!」
突然、リナが叫んだ。
「私がユウトさんを後ろに乗せて走ります。私の体重なら、二人乗ってもたぶん馬の速さにはほとんど影響はないと思います」
「そりゃそうかもしれないが……」
エリックは首をひねった。
「リナ様、これは死ぬ可能性の方が高い作戦ですよ」
「でも上手くいかなければ、結局この護衛軍は終わりになってしまいます。そうなればみなさんも、そしてアリス様も……それだけは決してあってはならないことです」
「待ってください。リナ様を巻き込む訳には――!」
僕は焦って叫んだ。
リナの命を危険にさらすのだけは絶対に避けたい。
しかし――
「エリックさん、ユウトさん。私がティルファさんの暴れた馬を鎮めたのを見ていませんでしたか? 私は手綱さばきにはかなり自信がありますよ」
リナの意思は固い。
現実世界では幼なじみだったのだからわかる。こうなるともう周りが何を言っても聞かないだろう。
顔だけではなく、性格もアリスと似ている部分があるのだ。
「アリス様」
と、エリックが尋ねる。
「ユウトとリナ様の申し出、どうされますか? ここはアリス様がお決めください」
アリスは一瞬沈黙し、静かに言った。
「いいだろう。私の命――いや我々全員の命、お前たち三人に預けよう」




