(12)
「お前たち、何を争っている!」
騒ぎに気づいたアリスが、こちらにやって来た。
「敵を前にしてどういうつもりか!」
「アリス様、これには理由が……」
と、レーモンが弁解する。
「言い訳は無用だ! この状況を見ればだいたいの事情は分かる。――レーモン、今はお前が悪い。ユウトとリナに明らかに分がある。よいか? レーモン。騎士と兵士、身分の違いはあっても同じ王国の干城ということをこれから先決して忘れるな!」
「……申し訳ありません」
レーモンはアリスに頭を垂れた。自分に非があると認めたのだ。
兵士たちも、アリスの裁定にすっかり納得したように黙ってうなずき合っている。
王女とはいえ若く経験も乏しいアリスは、今まで何かにつけ軽く見られがちな部分もあった。
が、ここにきて一気に株が上がった感じだ。
「ユウト、すまなかった。いいから治療を再開してくれ。すべてお前にまかせるから」
「ありがとうございます!」
アリスに認められたことがうれしくて、僕はつい大きな声を出した。
瞬間、アリスの青い瞳と目線が合う。
お互いの顔にふっと笑みが浮かぶ。
こんなにも殺伐とした空間なのに、いや、こんな空間だからこそ、僕とアリスの心はほんの少し通じ合ったような気がした。
しかし、そのちょっと良い雰囲気は――
「おいおい、今さら仲間割れかよ! 勘弁してくれ!」
という、戦場から戻ってきたエリックのゲッソリした声で、瞬時に壊れてしまった。
正直、少し残念……。
「――にしてもちょっと暴れすぎたぜ。休憩休憩」
エリックはそんな僕の気持ちなどつゆ知らず、ふうっと息をついてその場に座り込んだ。
「敵、オオすぎるヨ……」
トマスも巨体をぐったりさせている。
こん棒を振りまわし続け、かなり疲れがたまったようだ。
そんな二人にアリスが
「お前たちの働き、誠に見事だったぞ」
と、ねぎらいの言葉をかける。
「これはアリス様、もったいないお言葉」
エリックはパッと立ち上がり、大仰にお辞儀をして言った。
「しかしこのままではマズいですね。みんなよく戦ってくれていますが、それも限度があります」
アリスはエリックの言葉にうなずいた。
防戦一方ではみんな消耗するばかり――そのことは誰もが分かっていた。
「レーモン、よい考えはないか」
と、アリスが話を振る。
「……やはりここは」
レーモンは数秒考え、答えた。
「陣形を崩してでも、すべての兵力を一点に集中させ包囲を突破するのがよいかと」
さっきと同じことを、より大規模にやるということか。
確かにコボルト兵の強さを考えると成功しそうな気もした。
が、上手くいかなければ、一巻の終わりの特攻作戦でもある。
ところが――
「レーモン様、それはお止めになった方が賢明ですぜ」
エリックがきっぱりと言った。
「同じ失敗を繰り返して今度こそ全員あの世逝きになりますよ」
「なんだと!? なぜそう言い切れる?」
「えー、あのですね、コボルト兵はレーモン様が今まで戦ってきた相手とはわけが違う、人外の化け物なんです。奴らは死の恐怖なんてまったく感じません。だから殺しても殺しても平気で突っ込んでくるんです。そんな化け物数千に取り囲まれて、本当に強行強硬できるとお思いですか?」
「き、貴様、ただの兵士の分際でわかったような口を利きおって!」
エリックの率直な発言が、レーモンの怒りの導火線に火を付けた。
そもそも、ただでさえプライドの高い竜騎士の、さらにそのトップにいるレーモンが、単なる一兵士の意見など聞くわけないのだ。




