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「それにしても途方もない大きさだな。あれの中にリナが入っているというのがどうにも信じられん」
アリスは馬上から、先行するパンタグリュエルを見上げて言った。
確かに遠くから見ると、そのありえないほどのデカさがよくわかる。
まさに雲を突くような、超高層ビルほどの高さがある巨大なゴーレム。それが一歩一歩、重々しい足取りでデュロワ城を目指し前へ進んで行くのだ。
その光景はまるで、乱雑な指示で生成したファンタジーAI動画のようで、異世界の中ですら、あまりに非現実的でリアリティーがなかった。
とにかく、あんな化け物、魔法でも剣でもまともに戦って倒すことなんて絶対に不可能だろう。
「ユウト、見ろ! リューゴと我がロードラント騎士団がまだ戦っているぞ!」
「ええ、わかっています! しかし――」
デュロワ城に近づくにつれ、次第に現在の戦況がどうなっているのか具体的にわかってきた。
アリスが言っていた通り、本国からの援軍によりすでに形成は逆転。
デュロワ城の外城壁の前では、リューゴ率いるロードラント騎士団が、混乱するイーザ兵やモンスターたちを一方的に蹴散らしている。
この様子から察すると、討ち取られただけでなく、戦場から逃げ出した敵も相当数いそうだ。
おかげで、あれだけ数がいた敵の大軍もずいぶん減り、このままなら、ロードラントの勝利はまず間違いないはずだった――
が、しかし、そこへ新たな敵、パンタグリュエルが登場し、戦況は再び塗り変わろうとしている。
とはいえ、パンタグリュエルがイーザ軍やモンスターたちに加勢したわけではない。
奴の目的はただ一つ。敵も味方も関係なく、デュロワ城を破壊し中に立てこもる人々を皆殺しにすることだ。
そしてそれをやろうとしているのは、パンタグリュエルのコア、すなわちヒルダに洗脳されたリナなのだ。
あまりにたちの悪い相手――
それでも、狂った巨大ゴーレム相手にロードラント騎士団は一歩も引く様子はない。
どうにかして行く手を阻もうと、見事な連携で城壁の前に集結し、隊列を組み始めた。
「バカな! あれでは全員無駄死になるぞ!」
アリスが悲痛な声を上げるが、パンタグリュエルは騎士団の存在など気にも留めず、そのままデュロワ城に向かって前進を続ける。
案の定、結果は悲惨なものだった。
隊列を組んだ騎士の半数は、パンタグリュエルが地面を踏むたびに発生する強烈な振動と風圧に耐えきれず、遠くまで吹っ飛ばされ倒れてしまった。
残った騎士たちも、まるでドン・キホーテの如く果敢かつ無謀に、パンタグリュエルに突っ込んでいく。
しかしそのほとんどが、パンタグリュエルに踏みつぶされるか蹴とばされるかして、一瞬で戦場の露と消えてしまった。
「全員、退避! 体制を立て直す!」
必死に叫んでるのは、騎士団のリーダーを務めるリューゴだ。
さすがに、これ以上戦っても意味がないと判断したのだろう。
結局、パンタグリュエルは誰にも足止めされることなく、デュロワ城の外城壁に到達した。
一応、城壁の前には、僕たちがお城を出る際に水中を通ったお堀があるが、何の役にも立たない。巨大な足で一跨ぎして終わりだ。
「アリス様、行きましょう!」
僕はそれを見て言った。
動くのは今しかない!
「外城壁を突破されれば次はデュロワ城です。パンタグリュエルに城を破壊されたら、みんな生き埋めになってしまう」
「しかしユウト、いったいどうやってあれを止めるというのだ?」
「いくらパンタグリュエルでも、あの分厚い城壁なら多少手こずるはずです。その間に僕たちは先回りしてデュロワ城に入るのです」
「なるほど、隙を見てみんなを城から逃がすというのだな?」
「いえ、そんなことをしている時間の余裕などとてもありません。――結局、パンタグリュエル自体を倒さねばこちらの勝利はないし、中にいるリナ様も救えません」
「それはそうだが……」
アリスが顔を曇らせた。
「お前は軽々しくリナを救うというが――パンタグリュエルを倒すには、すなわちコアであるリナをどうにかせねばならないということだろう」
「仰せの通りです。ヒルダも言っていたように、それ以外にパンタグリュエルを止める術はありません。しかしだからと言ってリナ様を傷つけたり、ましてや命を奪ったりするようなことはありません。――さあ、一気に飛ばします。どうぞつかまっていてください!」
僕が話終えると、アリスの白馬は、まるでその言葉がわかるかのように全速力で走り出した。
僕はその勢いのまま、手綱を操作し、パンタグリュエルから大きく迂回するように、デュロワ城の外城壁へ接近した。
パンタグリュエルは、すでに鉄球ハンマーのような鋼鉄の拳で城壁をガンガン破壊し始めている。
あのすさまじい力では、思ったより時間がかからずに壁は突破されてしまいそうだ。
その前に、何とかして僕たちが先に城に戻らなければならない。
だが、当たり前ではあるが、城門は固く閉ざされている。
「おーい! ユウトじゃねえか!! アリス様!!!」
その時、城壁の上から大きな声が聞こえた。
あれはエリックだ!
非常にタイミングがいい――というよりも、エリックはお城にこもらないでずっと城壁で守備兵の指揮していたのだろう。
だから、すぐに僕とアリスを見つけてくれたのだ。
「エリック!!」
僕は身振り手振りで、城壁の内に入れてくれと合図をした。
まさに以心伝心。
エリックが大声で叫び返してくれた。
「ユウト、東の小門に向かえ!」
「ありがとう!!」
思えば、異世界に来て最初に知り合ったのはエリックだった。
そしていつも一緒にいる、気の優しく怪力の大男トマス。
パンタグリュエルを倒すには、彼らの力をまた借りなければならないだろう。
頭の中で作戦の段取りを立てながら、僕は東に向かった。
外城壁には、めったに開かれない大門の他に、いくつか通用口に使われる小門が設けられている。
その一つから中に入るのだ。
「アリス様、あそこです! エリックがはね橋を下ろしてくれています。行きましょう!」
敵の残兵が周囲にいないことを確認し、僕は下りかかった小さめの跳ね橋に向かって、馬をジャンプさせた。
さすがアリス騎乗の名馬。
水の満ちた堀を軽く飛び越え、跳ね橋の上に着地してくれた。
「エリック、ありがとう! ――さあアリス様、お城まであと一息です!」
城壁の中に入れれば、デュロワ城はもうすぐだ。
が、目的地は城そのものではない。
目指すのは、城の地下奥深くなのだ――!




