(11)
リナという有機生命体のコアを得たパンタグリュエルは、僕たちの存在を無視して、ズンッ、ズンッ、と、重い足音を響かせながらサバトの会場を出て行った。
巨体のせいか動きは鈍いが、なにしろ歩幅が広い。
そのため意外にスピードが出て、思った以上に速く先に進んでいってしまう。
パンタグリュエルが目指している方向は、間違いなくデュロワ城。
洗脳されたリナがコアになっているのだから、ヒルダの指令通りに動いているのだろう。
「おのれ、ヒルダ!! よくもリナを!!」
それを見て、今までこらえていたアリスが、ついにこらえきれず、怒りをむき出しにして怒鳴った。
が、いま形成優位に立っているのはヒルダだ。
余裕の表情のヒルダは、まるでぷんぷん怒る年下の恋人をあやすかのように、微笑ましく答えた。
「あらまあ、怒ったアリス様もお美しい。しかしアリス様にはやはり王女らしいふさわしい態度でのお振る舞いを心がけてほしいものですわ。慎み深い楚々とした感じ、それでこそ本来あるべき至高なる処女の姿――」
と、ヒルダはゴクリと唾を飲む。
その顔には、ふたたび好色そうなテカりが浮かんでいた。
「黙れ、魔女め! さあ、もういいだろう。早くユウトを離せ。そしてリナをあの巨人から解放しろ」
「フフフ、アリス様の御要求はもちろん承ります。けれどこのまま無条件にすべて受け入れる――というわけにはまいりませんことをアリス様もご了知いただけているかと存じます」
「……貴様の言う条件とはなんだ。言ってみろ」
アリスは必死に激情を抑えて訊く。
このままだと、すべてヒルダの思い通りにことが運んでしまいそうだ。
「それはもちろん!!」
と、ヒルダが異常に明るい声で叫んだ。
「結婚式と初夜の儀式のやり直しですわ。アリス様とわたしヒルダとの永遠の愛の契りをみなに見せつけてやるのです」
この期に及んで、バカげたエロ儀式を執り行うことをまだ諦めていなかったのか……。
だが、アリスは真剣な顔で聞き返した。
「それに応じれば?」
「ここに捕えているユウト、そしてパンタグリュエルのコアとなったあの女を解放しましょう」
「拒否すれば?」
「このガキを――」
と、ヒルダは僕の首をさらに絞め上げた。
「ユウトをすぐさま殺すことになりますわ。ちなみ魔法は完全に封じていますから今のユウトはまったくの無力。そしてリナはパンタグリュエルに取り込まれたまま、わたしの意のままに敵を殺しデュロワ城を破壊し尽くすでしょう」
「そんなことになればヒルダ、貴様も死ぬことになるぞ。私も、私の部下もお前を決して許さんからな。この地上に影も形もなくなるぐらい貴様を徹底的に処刑抹殺してやる」
「オホホホ、それでもかまいませんわ。もしアリス様がわたしの条件――いいえ、懇願を聞き入れ下さらなければどのみち私は死ぬしかありません。そうなればこの憎きユウトを地獄の道連れにしてやります」
「……どうやら本気らしいな」
「ええ、いま冗談などいう場面ではございませんわ」
アリスは目をつぶり、一瞬思案してから答えた。
「よかろう。私の身一つでユウトとリナ、デュロワ城を守るみんなが助かるならそれで本望だ」
「つまりそれはアリス様はこのヒルダと婚姻し、そして神聖なる処女を捧げるというご意思があるということでよろしいのでしょうね?」
「ああ、神聖かどうかは知らんが処女でもなんでも貴様にくれてやる。ただし約束は守れよ」
「それはもちろんのこと。しかしなんとも光栄至極、まさに生涯最高のアゲアゲの気分ですわ――オーホホッホホホ、ホッホホホー!!」
ヒルダはしてやったり、はしゃいで笑いがとまらない。
しかしなんだかこの状況、前にも似たようなことがあったような……。
結局アリスはいつでも自分を犠牲にしようとするのだ。
「それではアリス様、どうぞこちらへいらしてください。わたしの作った純白の花嫁衣装もご用意しております」
「……うむ」
そばに控えていたクロードやティルファ、マティアスが「お待ちください」と焦って体を張って止めようとするが、当然アリスは聞く耳持たない。
「どけ、おまえたち。ロードラントの王女として二言はない。この私があの魔女によっていかに恥辱を受けようと、多くの仲間の命には代えられまい」
アリスはそう言って周りを振り切り、数歩前に出た。
だが、そこで――
「ちょっとお待ちを」
ヒルダがアリスをいったん静止させて言った。
「アリス様、その前にまずその無粋な腰の剣とそれと胸当てもお捨て下さい。いかに王家のものでも花嫁には到底似合うものではございません」
「これか? こんなもの私にとっては何の価値もない」
アリスは迷うことなく、腰に差した王から賜ったという例のルーディスの剣を地面に投げ捨てた。
ついで銀の胸当ても取り外して落とし、麻の服にズボンというごく軽装になった。
「それで、これからその花嫁衣装を着ろと言うのか?」
アリスは、ヒルダがリナからはぎ取ったウェディングドレスを見て言った。
「ええ、そうでございますとも。先にあの偽王女に着せてしまったのは失敗でしたが、これ一着しかないゆえお許しを」
「ドレスを着るのならば、これも邪魔だろう」
アリスはヒルダに言われてもいないのに、その場で自分から服までさっさと脱ぎ出してしてしまった。
王女様は、ほんとうに何を考えているのか……。
これにはさすがのヒルダもあっけに取られているが、アリスはまったく気にもせず、たちまち白の質素な下着姿になった。
より素のままの輝くような美しさが露わになったが、やはりエロさはまったくない。
裸の少女をモチーフにした、美しい芸術作品を見ているみたいだ。
しかし、ヒルダの目にはそうは映らなかったようだ。
秘薬によって生えた股間のあれ――すっかり萎えていた一物が、アリスのセミヌードを目の前にして、またムクムクと膨れて勃ってきたのだ。
それを知ってか知らずか、アリスは続けて言った。
「いっそ初夜には下着も無用というものだろうか?」
と、アリスがついにパンツにまで手をかけようとところで、ヒルダが慌てて叫んだ。
「まってまって! アリス様、どうかここで裸にまでなるのはおやめください。ベッドの上で新郎が新婦を裸にするのも初夜の嗜みの一つですから」
やれやれ。
欲望丸出しというか、いったいどこまでスケベで下品なんだろう、この魔女は……。