(7)
「さて、これからどうしたものか。いくら初夜とはいえ、いつもの私なら非処女と交わるなど汚らわしいこと絶対にしないのだが……」
筋金入りの処女厨、ヒルダはもはや僕の存在など無視して、ベッドに横になっていまだうっとりとしているリナを見下ろし、思案し、ため息をつた。
「うーむ。いくら貫通済みとはいえ、この女がロードラントの第一王女ということには変わりないことも事実……ここは一つ気持ちを奮い立たせ一発ハメとくか」
うげっ!
ニュアンス的は義務感で花嫁を抱く、みたいな感じで言っているけど、やっぱりそういうことになってしまうのか。
とにかく、いくら他人の彼女とわかっても、幼馴染のリナのことを好きな気持ちはまだ強く残っている。
このままリナが大嫌いなヒルダにおめおめヤられてしまうのを、黙って見ているわけにはもちろんいかない。
「しかし王女が非処女と知ったらすっかり私の自慢の一物もすっかり萎えてしまった。――やれやれ、また薬の力を借りねばなるまいとはな。万が一に備え予備を作っておいて幸いだった」
ヒルダはそう言って異世界バイ〇グラ薬の入ったもうひと瓶取り出し、一気に飲み干した。
すると再び股間がそそり立ち――さっきより若干小さくなっているような感じはあるが――完全な戦闘態勢に入った。
「アリス王女、待たせたな。それでは初夜の儀を始めようか」
と、ヒルダがリナに手を伸ばそうとしたその瞬間だった。
突然――本当に突然、リナの体に急激に変化が現れた。
「――??」
驚いて目を見張るヒルダの前で、リナの長い金髪がみるみるうちに色あせ始め、普通の茶髪に戻った。
また雪のように白かった肌も、薄く日焼けした元の健康的な肌の色になった。
それは、どこからどう見てもアリス王女には見えない、本来のリナの姿だった。
「……ん? え、え、え?? ど、どうしたアリス王女。 は? はァ? ……おお、おおおおおお――?」
あっというまに変身してしまったリナを見て、わけがわからず大混乱に落ち入るヒルダ。
ついにというか、吉と出るか凶と出るかわからないこの絶妙のタイミングで、リナの飲んだ魔法薬の効果が切れてしまったのだ。
「な、な、なんだこれは――!! だ、だ、誰だこの女は――!!」
あの深い森の中で初めて遭遇して以来、ヒルダはずっとリナを本物のアリス王女と信じ込み、苦労してかどわかしここまでつれてきたのだ。
それが実はまったくの別人だったのだから、びっくり仰天するのも無理はない。
そのためか、薬で無理やり勃たせたヒルダの股間の起立はまたもや萎えてしぼんでしまい、そのはずみで魔力のパワーも急激に弱まった。
同時に僕の体を拘束していた魔法のバンドも緩々になり、いつでも動ける状態になった。
これはラッキー。完全な敵失。
最初から普通のロープで物理的に縛っておけば、こうはならなかったはずだ。
とにかく好機は到来した。今こそヒルダに引導を渡す時がきたのだ。
「ユ――ウ――トぉぉぉぉぉぉ――!!!」
ところが、僕がバンドをほどき椅子から立ち上ろうとしたその時、ヒルダが鬼と悪魔が合わさったような凄まじい形相で絶叫した。
「これわぁぁ――いったいぃぃ――どういうこかぁぁ――きっちりぃぃ説明してもらうぞぉぉぉぉ――!!!!」
ヒルダの怒りと怨念さっきよりも10倍増しになっていた。
ここでビビっては負けなのに、そのあまりの迫力に、僕は一瞬足がすくみ、動きを止めてしまった。
愚かだった。こちらが攻撃側に回る千載一遇の機会を逃してしまったのだ。
「ユウト、覚悟しろやぁぁ――!!!」
気がついた時には、目の前にヒルダがいた。
まず腹に強烈なフック一発を食らう。
それだけで一瞬目の前が暗くなった。
続いてヒルダの膝での金的――反則技なんてもんじゃない、下半身の内臓がひっくり返るような衝撃を受け、僕は思わずうずくまった。
さらに顔面に数発平手打ちをされ、ヒルダは意識が遠のく僕の服を引っつかんで、ずるずるベッドの方へ引きずっていった。
「ユウト!! この偽物のあばずれ女はどこのどいつだ!!」
ヒルダは口角泡を飛ばし叫ぶ。
「いやっ、それより本物のアリス王女は今どこにいるっ!! ロードラントの王女たるものがまさか替え玉を立てて戦場を捨て本国に逃げ帰るような卑怯なマネはするまい!! さあ、吐け!! でなければ貴様の想像をはるかに超えた飛び切り残虐な方法で今すぐにぶっ殺してやる!!」
「……だ、誰が言うか」
アリスがいまだデュロワ城にいることをヒルダが知れば、どんな手段を使ってでも、今度こその身を手に入れようとするに違いなかった。
一般の兵士や騎士は別として、いま城に残っていてヒルダに対抗できそうなのは、王の騎士団のクロードぐらいしかいない。
そこをヒルダに全力で襲われたら、アリスは非常な危険にさらされる。
「ーん? そうかぁ、言わぬのかぁ。まあよい。たとえこの戦に出陣しているとはいえ、そもそもこの状況で王女が危険な戦場をうろつくわけなかったのだ。要するにアリスは今もデュロワ城に籠っている。そうであろう?」
ああ……思いっきりバレている。
ひとまず、ここは嘘をつくしかない。
そして隙を見て魔女への鉄槌を――
「……ち、違う。アリス様はもう別の場所に……」
「黙れぇぇ! 見え透いた嘘をつくなぁぁ!!」
ヒルダは激怒して、今度はげんこつで僕の顔面を二、三発殴った。
口の中が切れ、赤い血が唇の端から流れ出る。
「もうよい! もううんざりだ! こうなったら今すぐにでも私自らデュロワに出向きアリス王女を我がものにしてくれる。しかしその前に、邪魔なお前を処刑せねばな。ついでにそっちのどこの馬の骨とも知れぬあばずれ女も処分してやるから安心しろ。さあさっきの続きだ。まずはお前のザコチン〇を引っこ抜いてやる――」
絶体絶命――まさにその時だった。
「――おお?」
突如、辺りにパッと明るく清廉な光芒が差し込み、ヒルダの邪悪で淫靡な闇の光を打ち消した。
そして、確かに聞き覚えのある、凛とした美しい声がサバトの会場に響いたのだ。
まさか――!?
「ヒルダよ、私はここにいるぞ! もうどこにも逃げも隠れもせぬ!」
そこに立っていたのは、正真正銘、本物のアリスだった。
――どうして、そしてどうやってアリスはこんな危険な場所に来たんだ!?
僕が痛みも忘れ不思議に思っていると、アリスが続けて笑いながら叫んで言った。
「ちなみに私はまだ処女であるぞ! どうだヒルダよ、嬉しいか!!」
アリスもまたよけいなことを言って……。
そんなこと知ったらヒルダが狂喜乱舞してしまうではないか。