(8)
「――!?」
ヘクターの様子はまったく変わらない。血走った目をしながら、狂ったように青竜刀を木に叩きつけている。
あれ? 『キュア』の魔法が効いていない――
いや、違う!!
僕は確認のため、もう一度ヘクターに向かって『キュア』の魔法を唱えた。
すると、緑色の魔法の光が、ヘクターに届く前に跳ね返されたのがはっきりわかった。
やられた。
ヒルダは僕が『キュア』を使うことを予想して、あらかじめヘクターに魔法を跳ね返す『リフレクション』をかけておいたのだ。
あるいは、ここまで長い時間『リフレクション』の効果が続くということは、なにか強力なマジックアイテムをヘクターに使用したのかもしれない。
いずれにせよ、今のヘクターには『キュア』――いや、どんな魔法も跳ね返されてしまう。
意表を突かれ焦る僕の存在に、ヘクターが気付いた。
その途端に、攻撃対象が変わる。
木を切り倒すことを中断したヘクターは、青竜刀を振り上げて、雄叫びを上げながらいきなりこちらに向かってきたのだ。
ほとんど一瞬で間を詰められてしまい、恐怖すら感じる暇さえなかった。
エルスペスを背負ったまま、何もできないでいると、上の方からセフィーゼの呪文を唱える声が聞こえた。
『エアブレード!!』
風の刃がヘクター目がけて飛んできた。
いや待て!
今のヘクターに攻撃魔法を使っても跳ね返されてしまう。
むしろこっちが危ない――
が、僕たちの様子を木の上から見ていたセフィーゼには、そんなヘマはしなかった。
『エアブレード』は、ヘクター本人ではなく、その武器、つまり青竜刀を狙って放たれたのだ。
二メートル近い長さのある青竜刀に『リフレクション』の効果は及ばない。
そして風の刃は魔法の壁に跳ねかえされることなく、見事、青竜刀の刃と柄をすっぱり二つに切断したのだった。
いくら狂戦士状態だとはいえ、突然武器を失ったヘクターは驚いていったん攻撃を止めた。
そこへ――
「ヘクター! あなたの相手はこの私よ!」
セフィーゼが木の上から地面にひらりと着地して言った。
「グオオォ……」
ヘクターが唸る。
狂戦士の注意が再びセフィーゼに戻ったのだ。
「そんな風になって、可哀そうなヘクター……。さあ、こっちに来て!」
セフィーゼが手招きをして、ヒルダが待ち構えている森の奥とは逆方向に、走り出した。
彼女は自分が囮になってヘクターを引きつけ、僕たちを先に行かせる気だ。
「ねえ、早く!!」
セフィーゼの単純な作戦に、ヘクターは釣られた。
獲物を追う肉食動物のように、逃げるセフィーゼを捕まえようと突進を始めたのだ。
「ユウト――早く! ヘクターのことは私にまかせてあなたは魔女を倒して!」
ソフィーゼはそう叫び、深い森の中へ入っていった。
ヘクターもそれを追って、僕の前から姿を消した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
こうしてついに、背中のエルスペスは別として、僕は一人ぼっちになってしまった。
ヒルダとの対決はもう目の前に迫っているというのに、果たしてこんなことであの恐ろしい魔女に勝てるのか?
リナを無事に救い出すことができるのか?
それは99%不可能なことと思われた。
ただし――
残りの1%、たった一つのある方法を除いては……。