(8)
迫りくるコボルト兵を前にして、レーモンが兵士たちに再び号令をかける。
「ひるむな! 全員ただちに第一防御陣形を取れ! よいか、アリス様に指一本触れさせるな!」
レーモンに指示に従い、竜騎士と兵士たちは全速力で移動し陣形を組み直す。
もし陣形が完成する前にコボルト兵に突っ込まれたら一巻の終わり――
ロードラント軍は即、崩壊するだろう。
みんなそれが分かっているから、死にもの狂いだ。
それからわずか一分ほど。
全員一丸となった甲斐あって、ロードラント軍はアリスをぐるりと囲む方円陣を敷くことに成功した。
その直後、コボルト兵の大軍が武器を振り上げながら押し寄せてきた。
兵士たちは槍や剣を構え、負けじとこれを迎え撃つ。
こうしてアリスを護衛するロードラント軍と異形の軍勢との戦いの幕が切って落とされた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その時、ヘッドセットから騒がしい声が聞こえてきた。
すっかり存在を忘れていたあの人だ。
「ちょっと有川君! 有川君ってば! 聞いてるの?」
セリカだ。
現実世界から呼びかけているのだ。
しかし、またかよ!
この切羽詰まった時にいったいなんなんだ!
――と、少なからず腹が立ったが、やっぱり無視するわけにもいかない。
ごく小声で呼び掛けに応じる。
「あのさ、清家さん。わかるだろ? この状況!」
「ついに始まったのね、本格的な戦いが!」
と言うセリカの声は、心なしはずんでいた。
やっぱり!
こちらの世界に来たからずっと感じていたことだけれど――
どうもセリカは、僕が危険な目に合うことを楽しんでいる節がある。
もしかして彼女、ドSないじめっ子なのか?
「なんだか、声が明るいね」
僕は思わず嫌味を返した。
「え、そんなことないよ」
セリカはしれっと答える。
「あのさ、一つ言わせてもらうけど――」
腹に据えかね、僕は声を荒げた。
「さっき矢で攻撃された時、なんでもっと早く『ガード』の魔法を使えって教えてくれなかったんだよ。危うく死にかけたじゃないか!」
「は? 有川君、なに言ってんの? それぐらい自分で気づかなきゃダメだよ。その前に魔法を使い方は教えてあげてたんだから」
「あの状況で気づけっていう方が無理だよ!」
「うーん、それはちょっと甘いかな。――いい? 基本的に自分の身は自分で守らなきゃ。そうしてそれは今現在だって同じこと。人の非難をする前に、目の前のピンチをどう切り抜けるか考えなよ」
「そんなこと言われなくてもわかってる。でも僕は敵を攻撃するような黒魔法は使えない。人のケガを治すぐらいしか力ないんだ。戦いには役立たないよ」
「それは違うわ。白魔法は人を治癒するだけじゃない、使いようによっては強力な武器にもなるの。いいからよーく考えなさい」
「え?」
「だいたいね有川君、あなたはそっちの世界に存在するほぼすべての白魔法が使えるのに、ちょっと贅沢すぎるのよ」
「贅沢って――いや、そういう問題じゃないだろ!」
「いいからいいから。とにかく自慢の白魔法を駆使して危機を乗り越えてみることね。それができなきゃあとは“死”あるのみだよ」
確かにあんな化け物、まともに話し合いが通じる相手には思えない。
つまり負けたらそこまで、命乞いなんかしても無駄だろう。
「あれ、黙っちゃった? もしかして怖気づいたの? なんならこっちの世界に帰ってくる?」
「それは、断る」
今の自分にその選択肢はありえない。
現実世界に戻ったところで、絶望の日々が待っているだけなのだから。




