(1)
アリスの切なる想いと期待を背負いながら、僕たちはセフィーゼの風魔法によって開かれた、水中の道を歩き始めた。
当然光はまったく入ってこないので、『ルミナス』の魔法で辺りを照らすと、風の力でアーチ状に吹き上げられた水の壁や天井に光がきらきら反射した。
それは、まるでイルミネーションで飾られたトンネルのようで、ここが城の地下を通る暗い水路の底なのだということを一瞬忘れてしまうぐらい、綺麗に輝いて見えた。
「みんなが窒息するといけないから、魔力を強めて風はずっと吹かせておくね」
セフィーゼはそう言いながら魔法で自由自在に風の流れを操り、土を掘削するかのごとく、どんどん水を吹き飛ばしていく。
「すごい……やっぱりすごい魔力だ」
僕が感心してつぶやくと、セフィーゼが肩をすくめて言った。
「別にそこまで驚くことじゃないわ。この前の決闘の時『エアウィップ』って風を対流させて作った罠の魔法あったでしょ?」
「ああ、あったね。そういえば」
「エアウィップを応用すれば水だって弾き飛ばせると思ったけど、それが上手くいっただけのだけのことよ。しかもこの魔法の効力は当分持つから、もしこの先私が死んでも水中トンネルはこのまま。ユウトたちはもう一度ここを通ってお城に戻ってこられるってわけ」
セフィーゼはそこまで――自分の身に何があった時のことまで考えて行動しているのか。
しかし――
「いや、セフィーゼ。そうはならない。全員無事に戻ってこれるように僕が責任持つから」
何しろここにいるミュゼットとマティアス、そしてセフィーゼの三人をこの危険な作戦に巻き込んでしまったのは僕自身。
リナも含め、誰一人として死なせるわけにはいかないのだ。
――と、真剣に思っていると、ミュゼットがガムのようなものをクチャクチャさせながら能天気に言った。
「やだなーユウト、そーんなに肩肘張らなくてもいいよ。ボクはむしろ感謝してんだから。つまらないメイド稼業から解放されて久々に敵と戦えるってね。だいたいいくら敵が強くてもこのパーティで負けるわけないんだし、気楽にいこうよ気楽にさぁ」
「いや気楽って、さすがにそういうわけには……」
この状況でもまったく緊張感のないミュゼットに少々あきれていると、マティアスがしかめ面をして言った。
「ミュゼット、いくらなんでもそれは油断のしすぎだ。城を一歩でも出ればそこは敵陣。いくら水の中に隠れようとも我々が敵の真っただ中にいることを忘れるな」
「相変わらずお堅いねーマティアスは。まあそれはそうかもしんないけどさぁ、でもさすがにこのルートは敵にばれないと思うよ。――ねえユウト?」
「まあ、その点は多少の自信はあるよ」
ミュゼットの言う通り、外にいる数万の大軍も、まさか僕たち四人が深い堀の水の底を通って外に脱出しようとしているとは思はないだろう。
なにしろ地上から目に見える変化といえば、多少堀の水位が上がってさざ波が立つくらい。
少々古典的に表現すれば、"お釈迦様でも気づくめぇ”――と言ったところか。
「ねえ、それより本当にこっちの方向でいいの?」
その時、先頭に立つセフィーゼが魔法を使いながら僕に尋ねてきた。
「これが本当に正しい道なのかどうか私に知るすべはないから」
「ああ、それならこれで見てるから間違いないよ」
僕は手に持ったスマホをセフィーゼに見せた。
そこには『マップ』の魔法で呼び出した周辺の地下の地図が表示されている。
もちろんみんなにはこれがスマホだとは言っていない。
前にリナに説明した時と同じく、高度な魔導器の一つ――という適当な説明で誤魔化しておいたのだ。
「今はもう僕たちはお城の地下から出てお堀の底を歩いている。そしてこのまま真っ直ぐ行けばお堀の水源である大きな地下水脈に抜けられはず。そこをずっと逆上って行けばたぶん敵の包囲網の外にでられると思う」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それからスマホの地図を頼りに三十分ほど歩くと、水底が上り坂になってきて、だいぶ水深が浅くなってきた。
リナが囚われている西の森もだいぶ近くなってきたし、外の景色を見ないとさすがに不安なので、僕は地図を確認してからセフィーゼに言った。
「セフィーゼ、そこ右に曲がって。そっちに浅瀬になってて洞窟っぽい空間が広がっているから、どうやら地上に出られそうだ」
「了解」
セフィーゼが魔法を方向転換をするとすぐに、派手に水の跳ねる音がしてふいに視界が開けた。
辺りは暗い岩場ではあるが、とりあえず僕たちは水の上に出ることに成功したらしい。
「おおー!」
ミュゼットが叫ぶ。
「やったね!」
「ここは……どうやら洞窟の中に自然にできた池のようだな」
と、言いながらマティアスが注意深く周囲を見まわしたが、辺りは静かなものでなにも異常はない。
もちろん敵の姿も見えないので、僕はほっとしてみんなに言った。
「ありがとう、みんな。一応城からの脱出には成功したらしい。さあ、急いで洞窟の外に出よう」
足場に注意しながら、僕たち四人は外を目指し歩いた。
洞窟はそんなに広くなく、すぐに出口が見えてきた。
ところが――
「注意しろ! 外に誰か――おそらく敵が待ち構えているぞ!」
と、マティアスが警告を発する。
そしていよいよ、魔女ヒルダと再びの――もしかして最後の戦いが始まろうとしていた。