(11)
ところがセフィーゼは、それをあっさり認めてしまった。
「アリス王女、さすがに慧眼ね。そう、私はユウトのことが好き。異性に対してこんな気持ちになったのは初めて」
「ふん、初恋というやつか」
「そうだね。だから確かに、好きなユウトを殺して逃げることはありえないということになるよね」
「だろうな」
と、アリスはうなずいたが、僕はいきなりセフィーゼにそんなことを告白されても、ただ戸惑ってしまった。
だがアリスとセフィーゼの会話は、普通に続く。
「いいわ、そこまで見抜かれてるならもう何も言えない。私はユウト共にアリス王女の友達を取りも出してここに帰ってくる。そしてあなたの裁きを正々堂々と受けてあげるわ」
「急に成長したな、セフィーゼ。イーザの元族長として立派な心がけだ。――どうだマティアス。セフィーゼがここまで言い切るのだから、お前も納得しただろう」
「はい……すべてはアリス様の御心のままに」
と、マティアスが渋々剣を納めたところで、さっきからつまらなそうにしていたミュゼットがみんなに言った。
「ねーどうでもいいけどさ、もう、あんま時間ないんでしょ。ボクもいいかげん城の外に出たいんだよね。そろそろ出発しようよー」
……そういえばミュゼットは今日はやけに穏やかだな。
この前はアリスに嫉妬の炎を燃やして、今にもつかみかかりそうな勢いだったのに。
まあそれで良かったのだけれど――
しかしそれにしても、だ。
これで三人目というか、この異世界に来て、僕はセフィーゼ、ミュゼット、そしてもしかしたらアリスにも惚れられということになるのだろうか?
現実世界では理奈を始めとして、同年代の女の子に見向きもされなかったのに……。
僕は複雑な心境に陥りながらも、そのもやもやを無理やり振り払い、アリスに言った。
「ではアリス様、これよりリナ様の救出に向かいます」
「うむ、ユウト、お前なら大丈夫だろうが、くれぐれも頼んだ――」
と、アリスが僕の肩に手を置いてそう言いかけた時、男爵がいきなり声を上げた。
「待って!」
男爵はもう我慢できない、といった風に、マティアス目がけて走り出し、そしてその胸に飛び込んだ。
男同士ではあるが、いずれも高身長のイケメンのペアだから、傍から見ると美しいBL(?)っぽい図絵に見える。
「マティアス! どうか、どうか無事で帰って来て」
と、男爵が涙を浮かべ叫ぶと、マティアスも胸の中の男爵を真剣な眼差しで見つめて応えた。
「グリモ、お前――まだ俺のことを」
「そうよ! アタシは今でもアナタことが好き! そして何だか今回ばかりは嫌な予感がするのよ。だってあなたこの間もこれから戦いを挑む魔女のせいで死にかけたんでしょう? いい? いくら任務だからって自分の命を粗末にしないで。あなたがいない世界なんてアタシにとって考えられないんだから」
「……しかしグリモ、ロードラントの竜騎士として命をかけなければならないこともあるのだ」
「そんなことは分かってるわ、マティアス! あなたのそういう生真面目な性格はアタシは嫌ほど理解しているから。――でも、だからこそこんな所まで来て忠告しにきたんじゃない」
「ありがとう、グリモ。そして、すまない」
マティスはそう言って、涙を浮かべる男爵の唇にそっとキスをした。
この二人、お互い違う道を歩んだとはいえ、今でも心から愛しあっているのだ。
おそらく同性という理由が最大の障害となって、結ばれることは叶わなかったけれど――
「ユウト、お前も必ず生きて帰れよ」
その光景を見ながら、アリスも、僕のことをそっと抱きしめて、耳元で囁いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それじゃあ、魔法を使うね」
セフィーゼは暗く濁った水路の前に立ち、呪文を唱え始めた。
「風よ、イーザの聖霊よ――
私に力を!」
セフィーゼの魔力は相変わらず凄まじかった。
呪文を唱え終わると同時に、どこからかともなく強い風が吹き始め、やがてそれは小さな竜巻となって、水路の水を吹き飛ばし始めた。
当然水はざぶんざぶんと溢れだしたが、広い水路なので、大した問題ではなかった。
「あ、思ったより簡単。これなら上手くいきそう」
セフィーゼはそうつぶやき、指をちょいちょい動かした。
すると竜巻の動きが変化し、水の中に垂直方向に大きな穴が開いた。
穴を覗くとおよそ三メートルの深さがあり、水底も見えた。
「じゃあみんな一人ずつ中に降りて」
と、セフィーゼが僕たちに言った、
「そうしたら今度は横に風穴を開けるから。あ、それからたぶんこの水も毒で汚染されてるからなるべく触れない方がいいわ。まあ飲まなければ大丈夫だと思うけれど」
リーダーとして、まず僕が水の穴の中に飛び降りる。
コケか何かで滑りやすかったが、なんとか転ばずに水底に立つことができた。
次にミュゼット、マティアス、最後にセフィーゼが続く。
いよいよリナ救出の決死行の始まりだ。