(10)
それでも僕は、セフィーゼが裏切らないという確信があった。
なぜなら、今の彼女にはもはや帰る場所などどこにもないのだから――
が、マティスはそうはいかない。
眼光鋭くセフィーゼをにらみつけ、腰に差した剣の柄に手をかけた。
何しろセフィーゼには今までの戦いで何百人も部下を殺されているのだ。
いかに冷静な彼でも、今のセフィーゼの態度は忍耐の限界を超えていたのだろう。
「貴様……どうやら自分の立場が分かっていないようだな。なんならここで今すぐ叩き切られても文句は言えないのだぞ」
マティアスはかなり本気のように見えた。
でもセフィーゼはまったくひるまない。
むしろ今ここで死んでもいいような、どこか投げやりな顔をして言った。
「確かに――私はあなたたちの仲間を数えきれないほど殺ったし、恨まれても仕方ないよね。いいよ別にここで殺しても。最初から死ぬ気だったんだし、生きていても私にはもう何も残っていないんだから――」
「覚悟はできているのか――ならば」
マティアスは腰の剣を素早く抜いたので、僕は慌てて止めに入った。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
まさかマティアスが本当にやるとは思わなかったが、ここまでされると見過ごせない。
万が一のことがあってはリナ救出作戦は始める前から失敗になってしまう。
と、その時――
「マティアス、待て!」
地下水路にいつもの凛とした声が響いた。
アリスだ。
アリスが地下に降りてきたのだ。
そしてその後ろからは、なぜかグリモ男爵まで「ど~も~」と、言いながら現れた。
「これはアリス様……」
「マティアス、お前も話は聞いたはずだ」
と、アリスは剣を持ったマティアスに言った。
「この作戦に関しては私は全権をユウトに委ねた。当然救出メンバーの人選も含めてだ。つまりユウトがセフィーゼを選んだ以上、私がセフィーゼを選んだのと同義と言うことだ」
「……しかし」
「らしくないぞ、マティアス。まあお前の怒り分からぬではないが、セフィーゼに対する裁きはいずれ私が法にのっとって下す――セフィーゼ!」
と、アリスは一段高い所からセフィーゼを見下ろして言った。
セフィーゼは、もうアリスに対する怒りは消えているようだったが、当然心の中にはまだ大きなしこりは残っているはずだ。
だからなのか、セフィーゼは何とも言えない顔をして、ぽつりとつぶやいた。
「アリス王女……」
「どうやら正気に戻ったようだな」
「……おかげさまで」
「つまりお前とまともに話せるのは先日の決闘以来ということだ。もっとも私は王女のまま、おまえは囚われ人という立場に落ちたわけだがな」
「いいえ、立場も何も変わってない」
と、セフィーゼは首を振った。
「だってこのお城は私たちイーザ兵と、魔物たちに何重にもかこまれているじゃない。いくらここで威張っても、要するにあなたもお城から一歩から出られない囚われの王女様というわけでしょう?」
「これは一本取られたな、セフィーゼ」
アリスは薄笑いを浮かべて答えた。
「まったくその通りだ。私も籠の中の鳥であることは変わりはない。――それでは虜囚同士、対等の立場から改めて頼もう。どうかユウトに従いリナを救い出す手助けをしてくれ」
「でも、もし任務に成功してここに戻って来たら私はあなたに裁かれるんでしょう」
「むろんだ。そなたがこの度の反乱の頭目であることには変わりないからな」
「ということは――前に王女様言ったよね。ロードラントに弓を引いたその首謀者は必ず死罪だって」
「よく覚えていたな。ロードラントの法によればその通りになる」
「……あのね王女様、そんなこと断言しちゃって私が本当にここにみすみす戻ってくると思う? さっきも言ったけど、みんなを魔法で殺して私だけ逃げちゃうかもしれないんだよ?」
「いや、お前はそれをしない」
と、アリスはきっぱり言ったので、セフィーゼが首をかしげて見せた。
「へぇーどうしてそう言い切れるの?」
「お前も元イーザ族の族長としてのプライドがある。そんな卑怯なマネをして自分だけ生き延びようとするはずはない。それに加えて、お前にはもうユウトを殺すことはできないだろう。お前がユウトに強く惹かれていることは私もわかっているからな」
え、惹かれているって、セフィーゼが僕のことを好きだということ?
命を何度か助けてあげたとはいえ、決闘であれだけコテンパンにやっつけたのに、いくらなんでもそれはないだろう。
と、思ったのだが――