(9)
「やだなあユウト、そんなに見つめられちゃあ恥ずかしいじゃん。まあ目と目で通じ合いたい仲って感じで悪い気分はしないけどさ」
微妙に誤解して照れるミュゼットは放っておいて、僕はそばでニコニコしているリゼットに声をかけた。
「リゼットさん、セフィーゼはそろそろ目を覚ましてくれませんか? 本当にもう時間がないですから」
「そうですねぇ、セフィーちゃんもそれなりに休養できたと思いますわ。――では起こしてみましょうか」
リゼットがセフィーゼの寝るベッドにそっと近づく。
しかしセフィーゼは、リゼットが何もしなくても、いきなりぱっちりと目を開けた。
それから上半身を起こし、僕の方を向いた。
「ユウト……」
セフィーゼの声はすっかり落ち着いていた。
狂気の光が宿っていた目はすっかり澄みきって、その表情は清々しくさえ見えた。
リゼットのセラピーが功を奏し、セフィーゼはすっかり正気を取り戻したようだ。
「もう大丈夫そうだね、セフィーゼ」
僕が声をかけると、セフィーゼはうなずいて、伏し目がちに言った。
「うん。なんだか長い間悪夢にうなされていたみたい。でも、今さっきまでとってもいい夢を見てた。小さいときに死んだお母さんが出てきて、それで私は思う存分甘えさせてくれた……そしたら何だかひどく汚れていた心がいきなり真っ白に洗われた気がしたわ」
どうやらセフィーゼは、リゼットのおっぱいを吸ったことを、夢の中の出来事だったと認識しているらしい。
しかし別にそれで問題ないだろう。
「フフフ、それはよかったわ」
と、リゼットがセフィーゼの頭を優しく撫でた。
「さあ、もう起きれる? ユウト様から大事な話があるから」
「大事な話?」
「セフィーゼ、実はそうなんだ――」
いよいよ切羽詰まってきたので、僕はリナの危機的状況を簡潔に説明した。
「――極めて危険な任務だから無理にとは言わない。でも、それでも一緒についてきてもらいたいんだ。それができないんだったら、少なくともこの城から抜け出る手助けだけはしてほしい。それは君の魔法でしかできないことなんだ」
「わかった。でもお城から脱出するのを手伝うだけじゃなくて、その先も同行させてもらうわ。一度は捨てた命で死ぬのはこわくないから。それに私もヒルダに直接会って確かめたいこともあるしね――」
やっぱりセフィーゼはヒルダと面識があったのか。
ということは、やっぱり最初に予想した通り、今回のイーザ族の反乱を裏で糸引いていたのはヒルダだったのだろう。
しかし、今はそのことについて多くを聞いている暇はなかった。
「じゃあセフィーゼ、急いで着替えて。ミュゼットも行こう。マティアス様にミュゼットも僕についてきてください」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
戦士1人、魔法使い2人、回復役1人で構成された、まあまあバランスの取れた僕たちパーティー4人は、リゼットに別れを告げ、デュロワ城の地下にある地下水道にやってきた。
石のレンガで作られた地下水道はひんやりと湿った空気に満ちており、緑色に濁った五メートルほど幅の水道の水は底が暗く、かなりの深さがあるように見えた。
「ねーこんなところに連れてきてどうするつもり?」
と、ミュゼットが能天気に言った。
「どこをどうみても完全に行き止まりじゃん」
「それが行き止まりじゃないんだ、ミュゼット」
僕は前もって男爵から借りてきた城の構造図を広げた。
「これは男爵がこの城の改修をした時に調査して作った構造図なんだ。この図によれば、僕たちの目の前を流れている水道とお城のお堀は繋がっていて水は循環している。そしてさらに、お堀の水は西の山から流れてくる大きな地下水脈から供給されている」
「なるほどそうか……」
と、マティアスが言った。
「どうやら私にもユウトがやろうとしていることがわかってきたぞ。要はこの水の中を通って行って城の外に出るのだな」
「ええ、そうです。しかしそのためには当然何百メートルも息を止めて水の中をもぐって進まねばなりません。もちろんそんなことは不可能だし、僕の魔法でも無理です。そこでセフィーゼの出番というわけです――」
と言って、僕はセフィーゼの肩に手を置いた。
「セフィーゼ、頼む。君の魔法で風を起こしてほしい。その風で部分的に水を押しのけて水中に道を作ってほしいんだ」
「あー! なるほどねー。水中トンネルとはよく考えたねユウト」
と、ミュゼットが口をはさんだ。
「思った以上に頭が切れるじゃん、さすがボクが惚れた相手だね」
「……別に頭がいいわけじゃないよ。ただ城壁の上から地上を見て、唯一敵に見つからないで城を出るとしたらその道しかないと気が付いたんだ。そしてこれはみんな覚えているだろうけれど、この間僕がミストの魔法を使った時、霧の中にトンネルを作ったよね。それと同じようなことを水の中でできないかと思ったんだ。でも今回は僕の白魔法では無理だ。――というわけでセフィーゼ、君の魔法ならそれができるんじゃないかな――?」
話を聞いていたセフィーゼは、うなずいて言った。
「別に自慢するわけじゃないけれど、私たちイーザの魔法使いとって、風を吹かせる魔法なんて初歩の初歩。たぶん余裕でできると思う。ただ――」
「ただ――?」
「ユウトは本当にそれでいいの? もしも私が裏切ったらどうするの? 風魔法の使い方を加減すれば、水の中であなたたちだけを溺れ死にさせることだって簡単なんだよ。そして私だけが外に逃げ出してしまう――」
こちらを真っ直ぐ見つめるミュゼットの目が、微妙に挑戦的になった。
もちろん僕も、その危険性について考えないではなかったが――