(7)
僕らが平原に出てみると、レーモンが兵士たちの前で大声で命令を出していた。
「矢は止んだ! 防御陣形を解き、ただちにコノート城まで撤退を開始する。急がねば敵の攻撃が始まるぞ!! 負傷者は二人一組で支えろ」
レーモンに従い、兵士たちは盾を下ろして、撤退するための隊列を組み始めた。
負傷者は、他の兵士たちの助けを借り軍の中央に集められた。
と、そこへ、アリスがつかつかと歩み出て、レーモンに声をかける。
「レーモン、見事だった。そしてすまなかった」
「アリス様!」
レーモンが驚いて叫んだ。
「まだここにいらしたのですか!」
レーモンはてっきり、アリスはすでに戦場を脱出したとばかり思っていたらしい。
「当然だ。私一人で逃げ帰ることはありえぬ。――が、一方で自分が将としていかに未熟だったかも思い知らされた。レーモン、これからはお前の忠告にちゃんと耳を傾けよう。そしてさまざまなことを学びたいと思う」
「それはよいのですが。――いや、よくありません! とにかく今はここから一刻も早くお逃げください。敵に包囲されたら終わりですぞ!」
「まあ待て」
と、アリスはレーモンを黙らせ、兵士たちの前に立った。
「みんな聞いてくれ。正直に言おう。先行していた第一軍、第二軍は残念ながらイーザ軍の攻撃を受けほぼ壊滅した」
一瞬、その場が水を打ったように静まり返った。
突然矢での攻撃を受け、みんなおかしいと感じてはいただろう。
しかしそれでも、ロードラント軍の主力が全滅したとは、にわかに信じられないのだ。
「だが、この軍を統べる将として、王の名代として、皆の命を守ることをここに約束しよう。全員そろって、必ず無事コノートまで撤退するのだ」
アリスがそう宣言した、その時――
「残念、一歩遅かったな」
と、エリックがつぶやいた。
「ギェアアアアアアアアア」
唐突に、謎の咆哮が草原に響いた。
人ではない、何か獣の声だ。
声に驚いた兵士たちが、慌てて自分たちの周囲をぐるりと見回す。
すると、四方八方から突撃してくる、数えきれないほどの異形の化け物が目に入った。
その化け物の身長は人間の半分ぐらい。
大きくぎょろりと緑色の目を持ち、全身が茶色でしわしわの皮膚に覆われ、頭に毛はなかった。
手には斧やら棍棒やら粗末な武器を持っており、体にはボロボロの鎧を身に付けている。
その数、数百か数千か――
アリス護衛軍は、いつの間にか360度、完全に包囲されていたのだ。
「ユウト、こいつら見るのは始めてか?」
エリックが言った。
「連中、コボルトって言ってな。知能は低いが性格は凶暴。たちが悪い相手だぜ」
コボルト、またの名はゴブリン。
こんな奴らが普通に跋扈しているなんて、この異世界は本当にファンタジーそのものなんだ。
まったく嬉しくはないけれど……。
「どうやら矢で足止めを喰ってるうちに囲まれちまったらしいな」
エリックがやれやれ、と肩をすくめた。
「ユウト、覚悟しておけよ。いよいよ始まるぜ、本当の戦争が」
一斉に襲い掛かってくるコボルト兵の軍勢をぼう然と眺めながら、僕は思った。
ああ、やっぱり自分はとんでもない世界に来てしまったんだな、と――




