(22)
「なんだ、その不満げな顔は。この肉がいかに貴重な食料かということは、お前たちも当然理解しているであろう? なのにまったく手を付けようともしないのはどういうわけだ。何か特別な理由でもあるのか?」
アリスが少々意地悪く問いただす。
ところが竜騎士たちも、アリス相手に珍しくはっきり言い返した。
「僭越ながらアリス様、いくら魔法で処理したとはいえこれらはしょせん化けネズミの肉。下賤で不潔で得体の知れぬものです。いくら兵糧に事欠いているとはいえども、騎士でありまた貴族でもある我々がどうして口に出来ましょうか?」
「何を申すか。時と状況を考えれば今はそんなことを言っている場合ではないだろう。腹が減っては戦はできぬという格言はさもあらん。これから先に必ず来る敵の最後の総攻撃に空腹で立ち向かえるとは私は到底思えんぞ」
「いいえ、我々はどんなに刀折れ矢尽きそして飢えようともアリス様のため最後の一兵まで戦って御覧にいれます」
「だから私はそういうことを言っているのではない。おまえたちが本来の力を発揮できずそのせいで城が落ちたらどうするのか、今までの努力と忍耐がすべて水泡に帰すのではないかと危惧しているのだ」
「……申し訳ありませんが、どうと言われましても我々はこの汚らわしいものを食べるわけにはまいりません。さらにはアリス様! アリス様もロードラント王国の王女として、ネズミの肉など決して召し上がってはなりませんぞ」
武士は食わねど高楊枝? というやつか。
しかし竜騎士たちは相変わらず無駄にプライドが高い。
「まったく世話の焼ける連中だ」
アリスも飽きれ顔でつぶやき、王座に座ったまま横を向いて、そばにいたロゼットに声をかけた。
「メイド長――ロゼットと言ったな。ロゼット、すまないが私のところに化けネズミの丸焼きを持ってきてくれるか? そうだな、よく焼けていて特大の大きさのがいい」
ロゼットは「かしこまりました」と、すぐさま大きな皿の上に乗せたネズミの丸焼きをもってきた。
それからそれを、あらかじめ用意してあったテーブルの上にでんと置いた。
うーん、しかし……。
アリスに出す手前一応綺麗に盛り付けてはあるが、よく見るとやっぱりネズミはネズミだ。
「ではお取り分けいたします」
ロゼットがナイフを取ったが、アリスはそれを静止して言った。
「いや、その必要はない。自分でやる」
「ではこの肉切りナイフとフォークをお使い下さい」
「それもいらん」
「よろしいのですか?」
「ああ。――おいお前たち、よーく見ておけよ!」
アリスはそう宣言すると、丸々太ったネズミの丸焼きをグワシとつかんだ。
竜騎士たちが慌てて止めようとするが、アリスは一切無視してガブリとネズミにかぶりつき、しばらくムシャムシャして叫んだ。
「野趣あふれるとはまさにこのこと。思ったよりずいぶんいい味ではないか! さすがユウトの魔法だな。これならいくらでも食べられるぞ」
豪快と言おうか下品と言おうか――
アリスは口の周りが汚れるのもかまわず、ワシワシガツガツとネズミの肉に食らいつくては飲み込んでいく。
容姿が人並み外れて美しいだけに、めったにお目にかかれないその食事風景は、やたらインパクトがある。
そして不思議なことに、決して食欲をそそる造形をしていなかったネズミの肉が、次第に美味そうな極上のごちそうに見えてくるのだった。
竜騎士たちも最初はあっけに取られていたが、アリスを見ているうちに腹が減ってきたのか、ゴクリとツバを飲み込む者さえいた。
なるほど、最初は驚いたがこれで納得。
アリスはなんとか竜騎士に食事を取らせようとして、普段なら絶対にやらないような、いわばピエロの役をみんなの前で演じているのだ。