(21)
メイドたちは何のためらいもなく、お酒の栓をどんどん抜いて、それを中庭の中央付近にある泉の前に運んでいった。
その泉には今も、僕やクロードが魔法で浄化したきれいな水でなみなみ満たされていた。
「皆の者」
と、アリスは泉の周りに集まった兵士たちに語りかけた。
「ユウトたちのおかげでとりあえず暖かい食料は確保できた。だがしかし、せっかくの食事の場に肝心の酒が出ないというのは無粋で興が醒めるというもの。そこでだ、私とグリモが皆に秘蔵の酒を振る舞おうと思う」
アリスはそう宣言してから、封を切った一本のワインを手に取り――
なんと、瓶を傾けてじょぼじょぼと中身を全部泉の中に空けてしまった。
メイドたちもそれに倣い、他の酒を次々と泉の中に注ぎ始める。
「今の私にはこれくらいしか用意できないが、存分にやってくれ!!」
兵士たちはアリスの言葉を聞き一瞬沈黙し、それから口々に叫んだ。
「おおおおおーー!!」
「アリス様、ありがとうございますーー!!」
「みんな、ごちそうになろうぜーー!!」
敵に囲まれ補給を断たれ、孤立無援の籠城下で、わずかな酒をみんなで分かちあおうとするアリスの粋な計らい。
その心意気に感激した兵士たちは、われ先にと泉の水をごくごく飲み始めた。
と、同時にネズミの丸焼きの食事も始まり、デュロワ城の中庭はたちまち飲めや歌えのお祭り騒ぎとなった。
そんな騒々しい兵士たちの間を縫って、僕も試しに泉の水を手ですくって飲んでみた。
冷たくておいしい水ではるけれど、もちろんアルコールは薄まっていてお酒の味などしやしない。
が、兵士たちにとってその水は、どんな強い酒よりも心地よく酔える魔法の液体なのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アリスはみんなが羽目を外してはしゃぎまわる様子を、庭に置かれた仮設の王座に座って、満足げに眺めている。
一方男爵は(たぶん)命の次に大事にしていた酒をすべて空にされ、完全に放心状態だ。
少々気の毒ではあるけれど、しかし、これで明日からの兵士たちの士気は大いに上がるだろう。
ところが、だ。
そんな兵士たちとは決して相いれない、負のオーラ放つ集団がいた。
言うまでもない、アリスのそばに控えている竜騎士たちだ。
彼らは一緒になって騒ぐどころか、ネズミの丸焼きにさえ手もつけようとせず、苦々しい顔で不平を口にしている。
「この乱痴気騒ぎ。アリス様の御前だというのに困ったものだ」
「まったくだ。それに声や音が壁の外の敵に聞こえたらいったいどうするのか」
「その通り。この隙に敵が攻撃でも仕掛けてきたら――」
その声を耳にしたアリスは、竜騎士たちをにらんで言った。
「おいお前たち! 何か文句があるなら正々堂々と私に申せ」
「はい、アリス様。失礼ながら――」
と、竜騎士の一人が代表して答えた。
「ご覧のとおり、兵は乱れに乱れています。敵に囲まれた状況でこの目に余るような狂態を許すのはいかがなものかと存じますが」
「いや、これでよい。これこそ私が望んだことだ」
「は?」
「分からぬか? 兵たちはこのいくさが始まって以来、ずっと張りつめ一瞬たりとも気を緩める暇もなかった。時にはこういった休息も必要だと言っているのだ」
「しかし!」
「心配するな。敵は我々が水も食料も尽きたものと思って弱り切るのを待っている。つまりまだ攻めてくる時期ではないということだ。万が一、この騒ぎの声を聞きつけたところで我々が虚勢を張っているとしか思わないだろう」
「…………」
「それよりお前たち。いくら食料を取っておいたとはいえ量などたかがしれているのだから、みんな腹は空いているだろう? せっかくユウトが用意してくれたネズミの丸焼きは食わないのか?」
「そ、それは……」
竜騎士たちは返答に窮し、思わず顔を見合わせる。