(20)
そうこうするうちに、肉の焼けた匂いに釣られた兵士たちが、続々周囲に集まってきた。
今日一日敵の攻撃がなかったうえ、久しぶりに食事にありつけるということで、みんな気が緩んでいるのだろう。
陽が沈みかかり薄暗くなった城の中庭は、これからちょっとした宴会でも始まるかのような騒々しさとなった。
そんな彼らの前に立って、僕は大声で言った。
「みなさん聞いてください! 知っての通り、いま地下からメイドさんたちに運んでもらっているこの丸焼きは倉庫の糧秣を食い荒らした化けネズミのものです。そう思うと食べることに躊躇するかと思いますが、僕がちゃんと魔法をかけて処理していますので食べてももちろん安全ですし、味も保証します」
「わかったわかった」
「ユウト、御託はいいから早くしてくれ」
「そうそう。こっちはもう腹が減って死にそうなんだ。この際ネズミでもなんでもかまやしねえ」
兵士たちは、早く食わせろ早く食わせろの大合唱。
化けネズミの丸焼きだなんて普段なら見向きもしない食料だろうに、よほど空腹に耐えかねているのだろう。
この様子だと、イライラしすぎて兵士たちの間で肉の奪い合いが始まってしまうかもしれない。
「あの、どうかみなさん落ち着いて。量はたっぷりありますから。ただみんなに肉がいきわたるまで食べるのは待ってください」
喧嘩にでもなっては困ると思い、みんなを落ち着かせようとしたその時――
お城の中から、五人ほどメイドを引き連れたアリスが威風ありげに現れた。
そしてその後ろにはグリモ男爵の姿もある。
が、男爵はなぜかひどくしょげかえっているようだ。
「準備ができたようだな」
と、アリスが中庭をゆっくり見まわして言った。
「ではメイドたち、手はず通り頼むぞ」
「アリス様、かしこまりました」
アリスと一緒に来たメイドたちはお辞儀をすると、手に持っていた大きな布袋を地面に下ろす。
その途端「ガチャン」とガラスとガラスがぶつかるような音がした。
「あ、あんたち何やってんのよ! もう少し丁寧に扱いなさい!」
音を聞いた男爵が真っ青になって叫ぶ。
しかしアリスは笑って言った。
「グリモ、古いモノとはいえお前の自慢の品はその程度で割れはしないだろう。――さあ、みんな急いでやってくれ」
メイドたちはアリスの指示に従い、袋の中からなにやら緑や茶色のガラスの瓶を取り出した。
あれは、ようするにお酒だろう。
よく分からないけれど、ワインやウイスキー、ブランデーなど、いろいろな種類が取り揃えてあるみたいだ。
「ア、アリス様……」
テキパキ動くメイドたちを見て、男爵がとほほ顔で言った。
「本当にそれを今ここで……?」
「グリモよ、酒は飲むためにあるのではないか? この状況で飲まなくていったいいつ飲むのだ」
「そ、そうですけれどもそのお酒はアタクシが古今東西から必死に集めたいずれも二度と手に入らない世にも希少な古酒銘酒。一本一本が一国一城にも匹敵する価値のあるものですわ。それをアリス様に供するならともかく――」
「バカな、誰が飲もうと酒は酒だ。それにそんなに大事な酒ならばもっと城の奥深くに隠しておけばよかったものを、執務室の隠し部屋にまとめて置いておくなどワキが甘い。お前が王都にいたころと同じ隠し場所ではないか」
「そう言えば昔、幼かったアリス様だけにはあの場所をお教えしていたのでしたわね」
「思い出したか。この城もお前好みに模様替えしてあるから、きっと同じような隠し部屋も作っているに違いないと思ったのだ。さあグリモ、もう諦めろ。これがいかなる貴重な酒であろうとも、これほど有意義な使い方ないぞ」
どうやらアリスは男爵の秘蔵のお酒を兵士たちに振る舞う気らしい。
だが、今ここに集まっている兵士たちはすでに千人以上。
たかが二十本程度の酒では一人当たりお猪口一杯になるどころか、ひと舐めにもならないに違いない。
不公平に配分することは許されないし、アリスはいったいどうするつもりなのか――?