(19)
だが、しかし――
ミュゼットの話にはまだ続きがあった。
「と、言いたいところだけどさあ、それだとなんか半分無理やりみたいで野暮っていうか、初体験はもう少し自然な流れでロマンチックにしたいんだよね。だからそれは改めてってことにして――」
「じゃあ何だよ? お願いって」
「簡単な話だよ。あのさ、ユウトは今もあの王女に化けたリナって娘を助け出そうと思っているんだよね」
「え……」
「食料問題が解決してみんな助かる目途がついたら、お城を抜け出してリナをあの女剣士から取り戻すつもりなんでしょ?」
もちろんリナのことは――魔女ヒルダと女剣士シャノンにさらわれて以来、彼女の身のことは片時も忘れたことはない。
デュロワ城を守るのに忙殺しれていたが、リナを救い出さなければならないタイムリミットはごく間近に迫っているのだ。
「ミュゼット、その通りだよ。僕は必ずリナを助けに行く」
「だと思った。だったらさ前に言った通りその救出作戦に一緒に連れて行ってよ。メイド業もまあ悪くはないんだけど、ちょっと刺激が少ないっていうか飽きてきちゃったんだよね。女剣士にもリベンジしたいし」
「でも、それは――」
城を何重にも囲む敵の包囲を突破したうえで、さらにヒルダとシャノンを敵にしなければならない限りなく危険な決死行だ。
当然、命の保証などまったくない。
しかしミュゼットは、僕の返答も聞かず強引に迫った。
「はい決まり! 約束だからね。――さてと、それじゃあボクは地上に戻ってメイド隊を呼んでくるよ。みんなで協力して、早くこのネズミの丸焼きをお腹を空かした兵隊さんの元に運んであげたいんだ。ユウトはその間残りの丸焼きにも魔法をかけちゃっておいてよ。ね!」
「あ、ああ……」
「でも地上に戻るその前に……」
ミュゼットはそう言って目を閉じ、僕の顔に自分の小さな桜貝色の唇を近づけてキスを求めてきた。
リナにもアリスにもない、危うい美しさと清廉な色香。
……たとえミュゼットが男の娘であっても、この状況でどうしてそれを拒めようか?
「チュツ」
唇と唇が触れた瞬間、爽やかな香りと甘い味がした。
いったん顔を離したのち、我慢しきれず、もう一度顔を近づけ今度はもっと深く強くキスをする。
さすがに舌を入れたりはしなかったけれど、それが終わった後、僕の心の中は陶酔感と多幸感で一杯に満たされていた。
アリスとはまた違う素晴らしいキスだ。
「口と口でやっちゃったね。じゃね! また後で!」
ミュゼットは恥じらう表情を見せ、それを隠すように振り向き、地上へ続く階段をかけ上がっていった。
……ついにしてしまった。
男同士で本気のキスを。
それにしても、いったい自分は本当は誰のことが好きなのか?
リナか、アリスか、ミュゼットか――?
そんなことを考えつつ悶々としながらも、僕は他のネズミの丸焼きにまとめて魔法をかけ終えた。
これで、すべての肉が間違いなく美味しくなっただろう。
そこへちょうど、ミュゼットが呼んだお城のメイドさんたちがやってきた。
これ幸い。
少々疲れを感じてきたので、僕は丸焼きを運ぶのは彼女たちに任せ、いったん地上に戻ることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
地下から次々と運ばれてくる大きな化けネズミの丸焼き――
それを見て、兵士たちが歓声を上げている。
ネズミとはいえ、空腹の者にとっては、一応こんがり焼けてて美味しそうに見えたからだ。
ところが貴族出身が多いプライドの高い竜騎士たちはそうはいかなかった。
ネズミの丸焼きに喜ぶ兵士たちに、またしても侮蔑の目を向ける。