(17)
「じゃあさ、とりあえず真ん中の部屋のネズミからやっちゃうね。あーユウトは見てなくていいよ。危ないしちょいグロかもしんないから」
ミュゼットは僕にウインクすると、中央の食糧庫に入って扉をバタンと閉めてしまった。
それからすぐに――
『フレイムショット!』
ミュゼットの呪文を唱える声が壁の向こうからかすかに聞こえた。
ということは、食料庫の中は一瞬で炎の海だろう。
が、城の石造りの壁が分厚いせいか、熱はここまでは伝わってはこない。
僕と見張りの兵士は何もすることなく、部屋の外に突っ立って待っていると、数分後ミュゼットが部屋から出てきた。
するとその瞬間、意外や意外、煙とともにこんがりした肉の焼けるいい匂いがこちらまで漂ってきた。
もしかしたら、これは案外いけるかもしれない。
「これでよし、化けネズミどもはしっかりローストされてるよ。にしてもすごい数だねぇ」
と、ミュゼットはメイド服に着いた煤を払い、鼻をクンクンさせた。
「なんかさあ、体が焼肉くさくなっちゃった」
「ご苦労様、大丈夫だった……?」
僕は遠慮がちに声をかけた。
何だかミュゼットだけに残酷で嫌な仕事を押し付けてしまった気がしたからだ。
が、ミュゼットは平然とした顔をしている。
「こんなん楽勝楽勝。大量発生したモンスターを駆除するようなもんだから。実はさ、この手の任務はけっこうあるんだ」
「え、そうなの?」
「まあね、軍隊の仕事って実際はそんなもんだよ。敵と戦うよりモンスターバトルの方が多いくらい。――さ、そんなことよりネズミを試食してみれば? さっき言った通りボクはパスしておくけど」
「う、うん」
ミュゼットに言われて、恐る恐る中央の食糧庫に足を踏み入れてみる。
その後から見張りの兵士もついてきて、声を上げた。
「ユウト殿、しかしいい匂いですな――おお! これは壮観だ」
中はまだ熱がこもっており、ミュゼットの言った通り、数えきれないほどの化けネズミが床の上で見事にこんがり焼けていた。
が、思ったよりグロい光景ではない。
ちょうど子豚の丸焼きが、工場で大量生産されたような感じだ。
とはいえ、実際に食べてみるのは勇気がいる。
でも、この計画を最初に立てたのは僕なのだ。
まずは責任者として、一番に試食してみなければ……。
そう思って、渋々一匹のネズミの丸焼きを前にすると、兵士が僕の肩をつかんで言った。
「いやあ、これは思ったよりずっと美味そうですな。――ユウト殿、是非私にお相伴をさせてください。実は私も昨日から何も食べておらず腹が減って腹が減って」
「もちろん、それはかまいませんが――」
「では遠慮なく!」
「あ、ちょっと待ってください!」
兵士は僕が止めるのも聞かず、我慢しきれない様子で腰の短刀を抜き、化けネズミの丸焼きにそれを突き立てた。
そしてワイルドに肉を切り取ると、いきなりそれを口に運んだ。
「…………※〇×!!」
途端に兵士は目を白黒させ、ほとんど噛まないで、無理やりごくんと呑み込んでしまった。
彼の何とも言えない微妙な表情。
どう見ても、美味しそうな顔をしていない。
これはやっぱり、『魔法』という特別なスパイスを効かせねばなるまい。