(14)
アリスはしばらく双方の言い争いに耳を傾けてから、口を開いた。
「……どうにも解せんな。話を聞けば、さしずめ今日は誰も食料を得ていないのだろう。では、竜騎士たちが食事をしているところを兵士が目撃したというのはどういうことなのか? どちらかが嘘をついているということなのか?」
「いえ、それは嘘ではございません」
と、竜騎士の一人がアリスに言った。
「先ほど我々が口にしたのは、今までの兵糧の剰余の分を少しずつ保存しておいたもの。城が包囲された時点で長期戦になるのは明白でしたので万が一の事態に備えていたわけであります。はばかりながら我々は戦いのプロ、与えられたものをすぐに食べ尽くしてしまう彼らとは違うのです」
竜騎士の兵士たちに対するあてこすりのような発言。
それを聞いて、兵士一同は怒りをさらに爆発させた。
「なんだと!!」
「ふざけんな!!」
「そもそも最初から配られる量が違うじゃねーか!!」
一方、人数では負けている竜騎士たちも、声を大にして言い返す。
「何を言う! 食料に限らず戦場で士官と兵士の待遇に差があるのは致し方ないことであろうが。なにしろ我々はそれだけの重い責務を負っているのだからな。第一すべての者を平等に扱っていたのでは軍隊というものは成り立たんのだ」
延々と続く売り言葉に買い言葉の応酬で、お互いますますヒートアップする竜騎士と兵士たち。
とはいえ、両者の対立は今に始まったことではない。
部下思いのアリスもさすがに疲れてうんざりしたのか、やや投げやり気味に言った。
「待て待て、お互いの言い分はわかった。しかし敵に囲まれる中で味方同士争う内容が食べ物のことというのはどうだろうか。むろんそれを用意できない私にも大きな責任があるが、なにもそこまでこじれることではないではないか」
アリスはなんとかその場を収めようと、軽い気持ちで言ったのかもしれない。
あるいはつい本音が出たのか――
ところが、それまで兵士たちを一生懸命なだめていたエリックは、それを聞いて顔をしかめた。
そして、聞き捨てならぬとばかりにアリスに詰め寄った。
「お言葉ですがそれは大間違いですぜ、アリス様。腹は減っては戦はできぬ。食い物の恨みは恐ろしい。そういった俗言は案外真実を付いているもんなんです」
「だが、この切羽詰まった状況で何も――」
「いや、こういう状況だからこそ食って休むことを大切にしなきゃあいけないってことですよ。どんなに強い軍隊でも飢えれば脆く崩れ去る――そんな姿を私は戦場で俺は何度も見てますからね。まあ当たり前ですが人は食わねばいずれ死ぬってことです。アリス様、いったいどうしちまったんですか? アリス様はそれくらいのこと理解しているお方だと思っていましたが?」
「……エリック、相変わらずお前は目上にも容赦ないな。しかしまあ確かにお前の言うことも合点はいく」
アリスは思い直したように顔を引き締め、竜騎士に向かって言った。
「竜騎士たちよ! 公平に見て、私はやはり非は汝らの側にあると思う。食料が少しでもあるのなら、なぜそれを兵士たちに公平に分け与えてやらなかったのだ? そのように計らえば、たとえそれがどんなにわずかな量でも兵士たちの怒りを買うこともなかっただろう」
それからアリスは今度は兵士たちの方を向き、全員によく聞こえるように叫んだ。
「皆も空腹で苛立つのはわかる。だが食料が尽きてからまだ一日たらずだ。飢えて死にそうというほどではないだろうから、今はどうにか耐え仲間同士争うのは止め援軍が来るまで城の防衛に当たってほしい。その上で戦いに勝利し無事に王都に戻った暁には、ここにいるすべての者にあまねく褒章を与えることを約そう」
王女という絶対的な立場のアリスが、ここまで頭を下げて頼むのは本来ならありえないことだ。
にもかかわらず、不満が収まらない兵士たちはアリスを取り囲み、口々に文句を言い始めた。
「いやあ、そうは言ってもちょっとひどいですよ」
「アリス様、援軍が来るまで何にも食べないで頑張れって言うんですかい?」
「そんなんで戦えってのは殺生ってもんですよ」
「そうそう、今は恩賞より食い物が大事だ」
「待て、お前たちの気持ちは分かった。分かったからどうにかして食料を確保する手段は考える」
アリスは兵士の訴えに押され空手形を切ると、軽く咳払いをし続けて言った。
「それと一応断っておくが、私は竜騎士たちが食事をしていることは知らなかったし、私でさえ今日は朝からパンの一かけらも口にしていないのだ。しかし、だからといってそれほど空腹は感じていないぞ」
と、そこまで言いかけたその時。
神がかり的とも言えるグッドタイミングで――
しかしアリスにとってはかなりのバッドタイミングで、彼女の身にある生理的現象が起きたのだった。