(5)
弱ったな。
どうやってアリスを説得し、このピンチを切り抜ける?
――と、途方に暮れていると、背後から声が聞こえた。
「おお! アリス様、よくぞご無事で。――ユウト、お前もケガはないか?」
振り向くと、エリックとリナがこちらに向かって駆けてくるのが見えた。
僕たちのことを心配して戻ってきてくれたらしい。
だがアリスはいささか驚いたように、
「お前たち、なぜ帰ってきた? 輜重部隊はどうしたのだ?」
と、訊いた。
「ご安心ください。輜重部隊もアリス様のご友人もご無事です」
エリックは息を切らしながら報告した。
「馬車は街道を抜けコノート城に向けて走っています。一応トマスに途中まで護衛させますが、まず大丈夫でしょう」
「アリス様、ティルファさんもだいぶ落ち着かれましたよ。そばでシスターマリアが付きっきりに看ていてくれてますから安心です」
と、リナが続けて言った。
「エリックもリナも本当にご苦労だった。だが、二人とも、ここに戻って来いと命令した覚えはないが……」
アリスの顔が曇る。
アリスとしては、せめてリナだけでも先に逃げてほしかったのだろう。
「いいえ、アリス様を置いて一人で行くわけには絶対にいきません」
リナはとんでもない、という風に首を振った。
「それに失礼ながら、私は命令によってではなく、アリス様の友人としてここに戻ってまいったのです」
「……リナ。――ありがとう」
感激で胸が熱くなったのか、アリスはもうそれ以上何も言わなかった。
が、そこでエリックが横から口をはさんだ。
「えーお二人のご友情に水を差すようで申し訳ありませんが、あまりのんびりしている時間はなかろうかと。なにしろこのひどい有様では……」
「ああ、敵にしてやられてしまった」
アリスが深刻そうにうなずく。
「ざっと見た感じ、矢によって百人以上殺られてますな。当然負傷者も多い。――しかし、イーザの進軍がここまで速いとはさすがに予想外でしたぜ」
「進軍? 予想外?」
アリスが首をひねった。
「エリック。そなたはこうなる事を予測していたのか?」
そういえば、エリックはティルファの話を聞いていない。
つまり第一軍団と第二軍団が全滅したことをまだ知らないはずだった。
「ええ、まあそういうことです。あの傷ついた女騎士さまを見れば、先行した連中がどうなったかってことぐらい察しがつきましたよ」
「そうか。エリック、どうやらそなた、戦場でかなりの場数を踏んでいるようだな」
「まあそれなりに」
「では、そなたを見込んで一つ尋ねたい。単刀直入に言って、これから敵はどう出ると思う?」
「アリス様、それは考えるまでもありませんぜ。まもなくこの弓の攻撃は止みます。矢の数にも限りがあるし、こちらに相当な損害が出たことは敵も分かっていますからね。――後はすぐに直接攻撃が始まるでしょう。ロードラント軍にとどめを刺しにね」
「やはりそうなるか」
アリスがうなずく。
「では私が一軍の将として次に取るべき行動は何だろうか? どうしたら皆を救える?」
アリスはかなり自信なさげだ。
混乱する兵士たちに対し、自分がなにもできなかったことが、よほど堪えたらしい。
「悪いことは言いません」
が、エリックはあっさり答えた。
「手遅れにならないうちに、リナ様と一緒にさっさとこの場からお逃げなさることです。私が見る限り、まだ敵に囲まれたわけではありませんから」
「逃げるだと?」
アリスの表情が一変する。
「まったくどいつもこいつも! 聞こえなかったのか? 私は指揮官としてどうすべきなのか訊いたのだ」
「これは失礼しました。しかしまだケツの青い――おっと少々下品か。戦いに関して未熟なアリス様では、これから先の敵に対処することはまず難しいでしょう」
エリックは身分など気にしないでズケズケとものを言う。
見ているこっちがハラハラしてしまう。




