(5)
「さあさあ、早くアタシの主寝室に行きましょう」
と、男爵が手を引っ張る。
「めったに人は入れないんだけど、ベッドはゴージャスでどデカいキングサイズよ。ね、見てみたいでしょう?」
「でも、さすがにそれは……」
「なに遠慮してんのよ。ねえユウちゃん、アタシは人に教えることが得意って言ったでしょう? だからこれもね、いわば教育なのよ、愛の教育の一環。だから決して浮気とかやましいことじゃないの」
「いや、別にやましいとか遠慮してるとかそういうわけじゃ……」
「あらまあ、もしかしてアタシが相手でも恥ずかしいの? じれったいわねぇ」
「その、恥ずかしいとかでもなくて……」
「じゃあなんなのよ。――あ、さては!」
と、男爵が急に目くじらを立てて言った。
「アタシが男だから? 男だからって腰が引けてんのかしら? ユウちゃんに限ってそういった偏見はないと思ったのに――そうなんでしょ!」
「い、いや性別がどうのこうのとかは関係なく、好きでもない人とそういうことするのは僕はちょっと……」
「ま、好きでもないって、ユウちゃんひどい、ひどいわ! 心の中ではアタシのこと嫌ってたのね!」
「ち、違います違います。いま言った好きっていうのは、恋とか恋愛しているという意味で――」
「なによ! 今さら言い訳してもダメ。もう、涙が出てきちゃった」
男爵はそう言って、うつむいて乙女のようにさめざめ泣く素振りをする。
僕は慌ててしまい、男爵の両肩に手を置いて言った。
「誤解なんですから泣かないでください。もちろん僕は男爵様のこと大好きす。ただ――」
それでも泣きやまず肩を震わせる男爵。
困った。本当に面倒くさい人だ。
でも、僕の余計な一言が彼を深く傷つけてしまったのは事実かも知れない――と、心配になって男爵の顔を覗き込むと、なんかおかしい。
なぜなら涙が出ていないっぽい。
そういえば、泣き声もどこか演技くさい。
まさか――?
僕は男爵からぱっと離れた。
すると爵のすすり泣きの声の音程が次第に上がっていき、やがて甲高い笑い声に変わっていたのだった。
「男爵様!」
からかわれたことにようやく気づき、僕は男爵をにらんだ。
「酷いですよ! 人の気も知らないでおちょくって」
「オホホ、アーおかしい。――ごめんなさいね、ユウちゃんがあんまり生真面目だからついつい、ね」
「まったく! 人の欠点を笑いの種にしないでください」
「怒らない怒らない。だってユウちゃんのそういう部分は欠点なんかじゃないもの。むしろ長所よ。きっと、あなたのそんなところにアリス様は惹かれたのね」
「……そうでしょうか? バカにされてからそんなこと言われても素直に喜べません」
「ホントよホント。どっちにしろ今は、アタシみたいに汚れ気味の大人があなたの純潔を奪う資格はないわ、今は。もしそんなことしたら、きっとアリス様にもお叱りを受けちゃう」
男から“純潔を奪う”という表現もどうかと思うが、男爵が“今は”と殊さら強調したのが余計に気になった。
「今は、ですか……?」
「そうよ! これから先はわからないってこと」
男爵の鼻息が急に荒くなる。
「ユウちゃん、これだけは覚えておいて。今はまだ早いかもしれないけど、あなたも男。もう少し大人になったら必ず一度は男同士のエッチも体験しなさい」
「は、はぁ!?」
「いい? 男ってのはね、抱いたり抱かれたり、しゃぶったりしゃぶられたり、ハメたりハメられたり――受けも攻めも両方できるのよ。ね、つまり快感が二倍にも三倍にもなるってわけなの」
男爵らしいなんて露骨で下品な表現……。
だけどそういえば男の娘メイド三姉妹の次女、リゼットもそんなようなことを言ってったっけ。
僕自身も、三女ミュゼットの可愛さに一瞬頭がクラッと来たわけだし――
もしや、自分にも多少素質はあるのか……?