(4)
「今から……ですか?」
男爵がそばにいるのに、いくらなんでもありえない――
と、思ったけれど、それでも一瞬迷いが生じた。
未だに信じられないが、男爵の話を総合すると、アリスは本気で僕に好意を寄せてくれているということになる。
これから共に一夜を過ごせば、僕とアリスは晴れて恋人同士となり、デュロワ城から脱出して王都に帰れたあかつきには、二人の絆はさらに深まるだろう。
そして、そのまま身分差を乗り越え結婚、という流れも無きにしもあらずだ。
さらに僕とアリスの間の“子作り”により子供が生まれたら、その子は将来ロードラント王国を継ぐことになるわけだ。
そうなるともはや逆タマどころの話ではない。
歴史の教科書に載るくらいの、とんでもない立身出世だ。
しかし――
そんな夢物語、ここがファンタジーの異世界といえども、あまりに現実(?)離れしすぎている気がする。
分不相応すぎて、その先にはきっと絶対、真っ黒な不幸が待っているに違いない。
それに、リナに対する想いだって、まだ完全に振り切れたわけではないのだ。
「男爵様、やっぱり無理です」
と、僕は首を横に振った。
「あら」
男爵は不満げだ。
「せっかくのチャンスなのにどうしてなの? あのアリス王女様に気に入られるなんて、三国一の幸せ者なのよ。なのに……」
「たとえそうであっても、今の自分にはどんなに高くジャンプしても届かないくらいハードルが高すぎます。その――今まで女性と付き合ったこともまったくないのに、いきなり王女様と一夜を過ごすなんて……」
「そのくらいはアタシもわかってるわ。でもね、初体験のその高いハードルって、どんな人も頑張って乗り越えるものなのよ」
「しかし相手は天の上の王女様です。考えるなと言われてもやっぱり先のことをいろいろ想像してしまいます。結局、最後には、アリス様も僕も心に深い傷を負ってしまうような気がしてなりません」
「ユウちゃん、あなたって子は」
男爵は肩をすくめた。
「なんてやさしい子なの。こんな身勝手な人ばかりの世の中で奇跡的の存在だわ。でもね、そのやさしさは気の弱さの裏返しでもあると思うの。いい? それじゃあこれからの長い人生、うまくいかないわよ」
「……これが自分の性格なんです。変えようと思ってもそうやすやす変えられません」
「うーん、要するに自分に自信が持てないのね。――よし、わかったわ!!」
と、男爵はボンッと胸を叩いた。
「このグリモにどーんと任せなさい。ユウちゃんを一人前に男にするために一肌も二肌も脱いで上げるわ」
「は? はあ……」
「いいこと? 今宵一晩アタシに付き合いなさい。要するにアタシを踏み台――というか発射台にてしっかり経験をつんで、改めてアリス様と一戦挑むのよ」
「経験って……」
なんだか話がおかしな方向にむいてきた。
僕は恐る恐る男爵に尋ねた。
「それってもしや……」
「そうよ! このグリモがユウちゃんの初体験の相手になるわ。性について超ベテランのアタシが優しく手ほどきしてあげる」
「うえっ――!!」
びっくりして、さっきアリスの裸を見てしまった時以上の衝撃が体内に走る。
しかし男爵は、言葉を失った僕の手をしっとりと握った。