(2)
「うわっ」
男爵に驚いて、僕は思わず二、三歩後ずさりしてしまった。
「あら、そんなに驚かなくてもいいじゃない!」
男爵はニヤつきながら叫んだ。
「ユウちゃん、ずいぶん早いお帰りなのね」
「は?」
「アタシ、てっきりアリス様と“お泊り”してゴニョゴニョしてるかと思ったのよ。でも、そうじゃなかったのね。それともいわゆる“ご休憩”だったのかしら?」
「だ、男爵様! それどういう意味ですか!?」
「あらまあ、しらばっくれちゃって。そのままの意味よ」
「だからわかりませんって……。そもそもどうして男爵様はここに僕とアリス様がいるのを知っているんですか?」
「ホホホ、それは簡単なことよ。ユウちゃんが、あなたが計略を見破って敵を退却させたうえ、疲れたアリス様を部屋まで送っていったって報告を受けたの。それで覗きに――じゃないわ、様子を見に来たの」
「覗きってまさか――」
僕は男爵に疑いの目を向けた。
「この寝室、どこかのぞき穴でも開いているじゃないでしょうね……」
「やだわユウちゃん、そんなことあるわけないじゃない。人聞き悪いわねぇ」
男爵はホホホと笑って言ったが、そこはイマイチ信用ならない。
油断も隙もありゃしないのだ。
「とにかくアリス様はすでにお休みになられましたから、話し声で起こさないように、向こうに行きましょう」
「大丈夫。この部屋の防音は完ぺきだから、ここで話してもアリス様には一切聞こえないわ。それより――」
と、男爵は急に真顔になり、つぶらな瞳で僕の顔をじっと見た。
「アリス様、ほんとにもう寝ちゃったの?」
「ええ、ぐっすり眠ってます」
「ハァー」
男爵はなぜかがっかりしたように肩を落とした。
「アタシにはわかるわ、ユウちゃんのその顔。あんたたち、本当にナニもしなかったのね」
「あ、当たり前です! でも、なんでそんなこと男爵様が断言できるんですか」
「前にも言ったでしょ、アタシは恋愛に関しては超ベテラン、酸いも甘いも噛み分けてんの。ユウちゃんの油の抜けてない欲求不満そうな顔見れば、一発で見抜けちゃうのよ。あーあ、せっかくの記念すべき一夜を逃したわね」
「そ、それは……仕方ないというか、相手は王女様ですし、身分が違いすぎるというかなんというか」
「あらユウちゃん、アタシのポリシー忘れちゃった? 男女の仲に身分の違いなんてまったく関係ないわよ。お互いが好きならそれでいいの」
「確かにそうかもしれませんが……」
「まあ、なんて残念そうな表情するんでしょう! いいわユウちゃん、アタシがアドバイスしてあげるから何があったが正直にすべて白状しておしまいなさい。ねえ、アリス様と寝室まで来てどんなやり取りがあったの?」
……参った。
やっぱりこの人には嘘はつけないや。
というわけで、僕は男爵にさっき部屋の中であった出来事を話した。
ただし、最後のキスのことだけは黙っていたのだが。