(4)
僕は兵士たちの間をすり抜け、なんとかアリスに近づこうとした。
その間も、絶えず矢は飛んでくる。
そしてついに、一本の矢がアリスの肩に当たってしまった。
「痛!」
アリスが叫ぶ。
が、幸い矢の威力は弱く、アリスの銀の鎧の肩当てに跳ね返され地面に落ちた。
それでも結構痛かったようで、アリスは顔をしかめている。
「アリス様!」
僕はやっとの思いでアリスの馬の脇に寄った。
「おお、ユウトか!」
アリスが一瞬ホッとしたような顔をした。
「今の矢! お怪我はありませんか?」
「いや、鎧が少し凹んだだけだ」
「でもここは危険すぎます。アリス様、矢を防ぐためとりあえず『ガード』の魔法をかけますね」
僕は、自分とアリスを対象に『ガード』の呪文を唱えた。
魔法の透明な壁が、たちまち二人を囲む。
「これでしばらくは安全です。さあアリス様、今のうちに安全な場所へ」
「いいや、兵を放っておいて私だけ引くわけにはいかない。それよりユウト、他の兵士全体にその魔法を使ってくれ。頼む!」
まったくアリスは無茶を言う。
いくら白魔法が得意でも、出来ることと出来ないことがあるのだ。
「いや……それはちょっと無理なんです。『ガード』の効果範囲は限定的なので」
「では、他になにか魔法はないのか! 敵を攻撃する魔法は?」
そう言われても困ってしまう。
僕はしょせん白魔法しか使えないのだ。
さっきそれは言っておいたはずだけど……。
「ユウト、このままだと被害が広がるばかりだぞ!」
アリスの悲痛な叫びを聞いて、僕は唇を噛んだ。
やっぱり自分は選択を誤った。
最初から奇をてらわず、回復職よりも、黒魔法を使える職種を選んでおくべきだったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ところがその時、レーモンの確固たる声が戦場にこだました。
「全軍、第三の防御陣形を取れ! 訓練の通りやればよいのだ」
戦場を熟知し、幾多の危機を乗り越えてきたであろうレーモンの指示は実に的確だった。
兵士たちは急に我を取り戻し、盾で矢を防ぎつつ、数十人の小隊に分かれ円形の陣を組み始めた。
陣形が整ったところで、外側に入る兵士は前に、中にいる兵士は上にそれぞれ大盾をかかげた。
するとそこに出来上がったのは、大きな盾のドーム。
ちょうど巨大な亀の甲羅のような感じだ。
なるほど、これなら弓の攻撃はほぼ100%防げる。
不意打ちを食らったから仕方ないが、最初からこうしていれば被害はもっと少なかったに違いない。
レーモンがアリスに向かって叫ぶ。
「アリス様、ここは私に任せ、矢の標的にならぬよういったん馬を降り、その者と後方に下がってください。そして一刻も早くコノート城へ撤退を!」
「その通りです、アリス様」
と、僕もアリスに言った。
「この場はレーモン様に任せましょう」
自分の無力さを思い知ったのだろう、アリスはしゅんとうなだれ、素直に馬を降りた。
「さあ、早くこちらへ!」
僕はアリスを連れ、走って道から外れた林の中に移動した。
さすがにここまでは矢は飛んでこない。
が、敵がすぐ近くに迫っていることは確かだ。
つまり、逃げるなら今しかチャンスはない。
「アリス様、レーモン様の言うとおり、輜重部隊の後を追ってコノート城に向かったほうがよろしいのではないでしょうか?」
僕は思い切って進言した。
『ガード』の魔法で矢は防げるとしても、敵に直接襲われたら、僕一人の力でアリスを守り切る自信はないからだ。
しかしアリスは――
「それだけはできない! どうして王が一人逃げられようか!」
案の定、聞く耳を持たない。
こうなるともう、アリスはテコでも動かないだろう。




