(12)
「ちょ、ちょっとお待ちください、アリス様!」
「どうした、ユウト?」
そう答えながらも、アリスは焦る僕のことなどおかまいなし。
素早く手を動かしあっという間にボタンを外し終わると、袖から手を抜いて、ブラウスをぽいっとベッドの上に放りなげてしまった。
まったく度し難い。
常にお城でメイドや使用人たちに囲まれているせいなのか、着替えを人に見られるのが平気なのだろうか?
どうやら王女アリスは、僕のような下級民とは“恥”の概念が決定的に違うらしい。
「あわわ……」
が、僕にとってはまさに目の毒。
これ以上見てはいけない。
この先は自分にとって未知で危険な領域。
もし見てしまったら、さすがに男としての本能を抑え切る自信はないのだ。
「おいユウト。どうしておかしな方向を向く?」
けれどアリスは、精一杯の自制心を働かせそっぽを向いた僕を見て、いぶかしげに言った。
「そ、それはその、アリス様のご格好が……」
「格好――? この姿、どこが変か?」
「いえ、そういうことではなくて」
「ああそうか、分かったぞ! ユウト、さてはお前、私がいい年して一人で着替えすらできないことが可笑しくてしょうがないのだろう。それで必死に笑いをこらえているのだな?」
「い、いや、違います違います!」
「確かに私だって着替えくらい一人でしたい。だがな、ユウト」
が、アリスは一方的に決めつけてしまう。
「これにはな、男のお前にはわからない事情があるのだ。まあ、とにかくこちらを向いてみろ」
アリスはそう言いながら、なにやらかちゃかちゃ音を立てさせ始めた。
この様子、どうやら腰のベルトを外しているらしい。
「さあユウト、こっちを見てみろ!」
アリスはほとんど命令口調だ。
うーん、仕方ない。
アリスがそこまで言うのなら仕方ないよな。
と、僕はやむを得ず――
ドキドキと高鳴る胸の鼓動を必死に抑えながら、アリスの方に向き直った。
ストン。
同時に、アリスのだぼだぼ気味のズボンが何の抵抗もなく床に落ちた。
つまりアリスは上下とも下着姿になったわけだが――
「これは……」
その姿を見て、多少は――いや、そこそこあったエッチな気持ちは即、消し飛び、単なる驚きにより、僕の目は丸くなった。
というのもアリスの体は、レース飾りのついた純白のビスチェで、胸から腰の辺りまで、異常なくらいギチギチに締め付けていたからだった。
「アリス様。なんだかその、かなり苦しそうですね」
「ようやくわかってくれたか!」
アリスは体をひねって僕に背中を見せた。
「このビスチェを一人で脱ぐのは至難の業だぞ」
「ええ、確かに」
アリスの言う通り、ビスチェの後ろの部分は左右に分かれ、その間をちょうどスニーカーのひもを通すハトメような穴が開いていた。
そして、そこに交互に通された丈夫そうな二本の紐が、彼女の細い体をよりいっそうタイトに絞っているのであった。
「あー、特にこの紐はきつそうですね」
「そうだろうそうだろう。ではユウト、まずはそれをほどいてくれ」
「は、はい」
戦いで疲れ果てた体をこんな風に絞り上げられたら、いかに苦しいか。
一刻も早く、このビスチェからアリスを解放してあげたい。
そうだ!
これは決して不埒な行為ではないのだ。
と、自分に言い聞かせながらも、女性の下着を脱がすという生まれて初めての経験に、やっぱり手はじっとり汗ばみ、指先は震えてしまう。
「じゃ、じゃあアリス様、いきますよ」
「ああ、頼むぞ」
最初に紐の先端の蝶々結びをほどき、ビスチェの穴から紐を抜いていく。
当然アリスの体にまったくさわらない、というわけにはいかず、作業の途中でなんども白く滑らかな肌に指が触れてしまった。
その度に、体の中からなにやら熱いものがこみ上げてきてくる。
今にもほとばしりそうな衝動を必死に抑えながら、キツい紐をなんとか半分までほどいたその時。
アリスが恥ずかしそうに言った。
「ユウト、あのな……」
「は、はい。なんでしょう」
何か失礼があったのかと、僕は飛び上がって手を止めた。
見ると、アリスの顔はほんのり赤くなっている。