(11)
アリスは部屋に入ってドアに鍵をかけると、ようやくリラックスできたのか、肩の力を抜いてほっと息をついた。
が、僕はまったくその逆。
大きなベッドが置かれた寝室でアリスと二人きり――という予想外のシチュエーションに、緊張度がいきなりMAXに達してしまったのだ。
「い、いい部屋ですね」
「そうだな。これもグリモのおかげだ。――さて、まずは喉を潤そうではないか」
アリスは僕のうわずった声など気にも留めず、テーブルの上に置かれていたデカンタを取り、不思議なピンク色をした液体を二つのゴブレットに注いだ。
「あ! アリス様、そんなこと僕がやります!」
しかし、アリスは慌てる僕を押し止めて言った。
「いや、この程度のことは私にさせてくれ。少しでもお前の労をねぎらいたいからな。さあ、ユウトこれを飲め――」
大国の王女様にこんなことをさせていいのかと思いつつ、僕はアリスの差し出したゴブレットを受け取った。
しかしなんだろうこの飲み物? ロゼワインぽいっけれど……。
「ありがとうございます。でも、僕はお酒はちょっと……」
「ん? これは酒ではないぞ。ティザーヌという茶の一種だ。ちなみに私も酒は好かないからな、宮廷ではこればかり飲んでいる」
と言って、アリスは自分のコップをいっきにあけた。
それにつられように、僕もティザーヌに口を付ける。
うーん……味は現実世界のハーブティーまんまだ。
甘くないし、大しておいしくもない。が、のどがすっと爽やかになって、高ぶった気持ちがいくらかほぐれてきた気がする。
この飲み物、多少は鎮静効果があるのかもしれない。
「アリス様、ごちそうさまでした」
「いや、礼には及ばぬ。――それではユウト」
と、アリスはくるりと僕に背を向けた。
「すまないがこの銀の胸当てを脱ぐのを手伝ってくれ。背の方に留め具があるだろう。まずはそれを外してほしい」
……まあ、胸当てを取るぐらいなら問題ないか。
そう思って、僕はアリスの背中に手を伸ばした。
が、アリスのほどけかけた長い髪が背中に垂れ、胸当ての留め具が見えない。
「あの、アリス様。申し訳ありませんが、ちょっと髪の毛を除けていただけませんか――?」
「ああそうか。これでいいか」
アリスは後ろ姿のまま、艶やかな金の髪を手で持ち上げた。
すると、白くほっそりとした美しいうなじが露わになった。
綺麗だ、かなり――いや素晴らしく、とっても。
僕は一瞬見とれ、それから思わず「ゴクリ」と唾を飲み込んでしまう。
……って、いかんいかん!
兵士たちがアリスに何かしてしまうかも、なんて余計な心配したくせに、現にアリスによからぬ気持ちを抱いてしまっているのは、僕の方じゃないか。
「じゃ、じゃあ外します」
別に服を脱がすわけじゃないし、やましいことは何もない!
と、自分に言い聞かせながら、計四か所の留め具を外していく。
「すまないな。助かる」
銀の胸当てはあっさり取れた。
その下の服装は、白いレースの刺繍のほどこされたブラウスと、ややダボダボして動きやすそうな中世風の茶色のズボン。
お姫様とは思えない簡素な格好だ。
「あーこれで少し体が軽くなった」
アリスは胸当てを部屋の隅に適当に置いて、くっと背伸びをしながら言った。
「さあて、ここからは自分で脱げるぞ」
「え、え……!?」
いったい何をし出すのかと思ったら――
アリスは僕が目をそらす暇もないくらい素早く、ブラウスのボタン上から順に外し始めたのだった。