(10)
「ではアリス様、僕は衛兵の代わりにここでしばらく廊下を見張っています」
と、僕はアリスに声を掛けた。
「ただ大広間にシスターマリアやメイドのロゼットさんを待たせていますので、安全を確認したらそちらの方へ戻りたいと思います。ですから、部屋に入ったら必ず鍵をかけてお休み下さい」
いくら護衛を任されたからといって、まさかこんな深夜にアリスの寝室で彼女と二人きりになるわけにもいくまい。
行きがかり上とはいえ、もしも無神経にずかずか中に足を踏み入れ、そのことがバレてしまったのなら――たとえアリスと何かしたわけでもなくても、レーモンやマティアスを始めとする竜騎士軍団にボコボコにされるどころか、殺されかねないだろう。
ところが、だ。
アリスはそんなことを一向に気にする人ではなかったのだ。
「待て待て!」
アリスは僕の袖を引っ張った。
「ユウトも私の部屋で少し休んでいけばよい。茶の一杯でも飲もうではないか」
「い、いや、それはちょっとまずいような……。あの、それに大広間にはケガをした兵士のみなさんがいて、僕は彼らを置いてそこを出てきたわけでして……」
「ん? ケガ人の中に可及的速やかな処置が必要な者がまだいるというのか?」
「可及的――? ああ、その点は大丈夫です。危険な状態の人の治療は終えてきましたし、多くのメイドさんたちが看てくれていますから」
「ならば問題なかろう。お前もずっと働き詰めだったのだ。少しくらい休んでもロードラントの神々はきっとお許しくださる。それと――」
アリスはさらりと、ごく自然に言った。
「甘えついでに、私の身の回りの、着替えなどにも手を貸してほしいのだ」
「き、着替えっ……?」
「ああ、一人でやるには難しい部分があるのだ。普段は従者にやらせるのだが、ここにはつれて来ていないから、頼むぞ」
「そ、それなら僕なんかより、グリモ男爵のメイドを呼べばいいかと思います」
「いや、この忙しい時に彼女たちの人の手を煩わせたくない。それに私は馴染みのないメイドよりも信頼できるお前に手伝ってほしいのだ。さあ、部屋に入るぞ」
「待ってください、アリス様――」
が、アリスは相変わらず強引だった。
ドアを開け、ためらう僕の手をつかんで強引に部屋の中に引っ張り込む。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ランプシェードから漏れる暖かな光に照らされたアリスの寝室は、さほど広くはないが、男爵らしい心遣いの行き届いた、静かで落ち着いた雰囲気の、よく眠れそうな部屋だった。
調度品は高価で趣味のいいものばかりが揃えられており、その中でもとりわけ目立つのが、オフホワイト色の天蓋と紗の薄いカーテンが付いた大きなベッドだ。
現実世界でいえば、ダブル、というよりクイーンサイズといったところだろうか、もちろん二人でも余裕で一緒に寝られてしまう。
この展開は……。
いや、まさか……な。