(7)
アリスの鶴の一声によって、ようやく休息を取れることなった兵士たちが、ぞろぞろ城内に引きあげていく。
が、全員ひどく疲れ、足取りは重い。
その様子を見て、僕はアリスに言った。
「あの、アリス様。敵の警戒はマティアス様たちに任せ、アリス様もお部屋でお休みになられたほうがよいのではないでしょうか」
「いや……私はまだまだ元気だ。それに竜騎士を置いて私が一人休むわけにはいかないだろう」
しかし、かく言うアリスの顔色はかなり良くない。
声も疲れてかすれ気味だ。
王女として鋼の精神を持つアリスにといえども、この二日半に渡る激しい攻城戦は、体に相当こたえたのだろう。
「それじゃあいけませんって、アリス様。いま休まないでいつ休むんですか」
いつになく憔悴したアリスを見て、エリックがフォローする。
「それに今晩はもう敵は攻めてこない――戦場では経験豊富な俺が保証してるんですからね、どうぞご安心を」
「……だが」
「なあに俺もここに残って、マティアス様と万が一の事態にあたりますから。それならますます安心でしょう?――それでいかがでしょうか? マティアス様」
「もちろんだ。――アリス様、エリックの言う通り、どうか部屋に戻ってご休息をお取りください」
と、ここはマティアスもエリックも同意する。
「……そうだな、そうさせてもらうか」
アリスはうん、とうなずき、それから僕の服の袖をつかんで言った。
「すまぬがユウト、私の部屋まで付き合ってくれないか?」
「え……?」
「情けないが、慣れない城の中一人だと何かと心細い。できれば部屋に行くまでエスコートしてほしいのだ」
アリスはそう言って、僕の腕に手を回しよろめくようにもたれかかってきた。
いかにもしんどそうだ。
しかし、僕とアリスをこれ以上近づけまいとするマティアスが、慌てて叫んだ。
「ア、アリス様、お待ち下さい! 付き添いが必要なら城のメイドを呼びにやりましょう」
マティアスはそう言って、また僕とアリスの間に無理やり割って入ろうとする。
が、その肩をエリックがグイッとつかんでひきとめた。
「まあいいじゃないですか、マティアス様。若い二人だ、ここは大目に見ておやんなさいよ。――ほら、ユウト、速く行け」
「は、はい」
わめくマティアスとそれを抑え込むマティアスを置いて、僕はアリスと一緒に、城壁の上を戻ってお城の塔の中に入った。
「ユウト、すまないな。部屋までの道は私が覚えている。だから、お前は付き添ってくれているだけでいい」
螺旋階段を下りながら、アリスが言う。
が、フラフラして足取りはおぼつかないし、よく見ると、ただでさえほっそりしていた体の線がさらに細くなった気がする。
「アリス様――」
と、僕は心配になって、思わず言った。
「あの……よろしければ部屋まで僕がおんぶしていきましょうか?」
「バ、バカを言え! いくらなんでもそこまでしてくれる必要はない」
アリスはほんのり顔を赤らめて答えた。
「それに城内にはいたるところに兵士がいるのだぞ。そんなところを見られたら恥ずかしいではないか」
恥ずかしいって……。
人前で僕に抱きつくのは平気だったのに、それは嫌なのか。
そんなに違いがあるようには思えないけど、やっぱりアリスは人に弱みを見せることに抵抗があるのだろう。
でも――
塔を下り切って、本城の中に入った時、僕はアリスに言った。
「アリス様、その点は気になさる必要はないのでは? 見てください。みんな疲れ果て泥のように寝入っています。誰もアリス様のことなど気にしてませんよ」
本当にその通りだった。
城内では、戦いから戻った大勢の兵士たちが、部屋や廊下にそのままへたりこんで、死んだように眠っていたのだった。
メイドたちが食事を用意していたはずだが、おそらく全員、それを取る気力も残っていなかったのだろう。
「ああ、それはそのようだ。しかしユウト、お前もさぞや疲れているだろう。なのに――」
「そんな遠慮なさらずに。アリス様らしくないですよ」
「……いや。でも」
「いいですから!」
僕は立ち止まって、まだ戸惑っているアリスを半ば強引に背負ってしまった。
普段ならこんな大胆なこと絶対にしないのに、その時の僕は、徹夜続きでハイテンションになっていたのだ。
後は二人でアリスの部屋に――