(6)
「アリス様! ユウトも何をしている!!」
その時、そばに控えていたマティアスが、堪りかねたように僕とアリスの間に割り込み、無理やり体を引っぺがした。
「マティアス、無礼だぞ!」
もちろんアリスは怒って叫んだ。
とはいえ、マティアスがこんな乱暴な振る舞いに出たのも無理もなかった。
なにしろ元々近衛竜騎士のマティアスは、レーモンと同じく王女のお守り役を仰せつかっているのだ。
そんな彼が、人前で堂々と僕に抱きつくアリスを見過ごせるわけがない。
が、アリスもそのまま黙っていはいない。
マティアスの腕をつかんで、激しい口調で言い返す。
「マティアス、お前は何か勘違いをしていないか? よいか? これはユウトの功績を称えての、賛辞の抱擁だぞ。なぜ邪魔をする!」
「アリス様、ですが……」
たぶんアリスは本心からそう言っているのだが、マティアスはどうにも納得できないようで、モゴモゴ言葉を濁す。
そんなマティアスに、一部の兵士たちから声が飛んだ。
「マティアス様、失礼ながら今のは野暮ってもんですよ」
「こんな時だ、わずかな間くらい若い二人の好きにさせてやってくださいよ」
「そうだそうだ。――それとユウト、お前もうちょっと積極的になってもいいんじゃないか? すっかり腰が引けてるぞ」
……無茶なことを言ってくれる。
みんなの目の前で、はるか雲の上の地位にいる王女様に対し、いったい僕に何をしろというのか?
「おい、お前たち! 調子に乗るのも大概にしろ! 気が緩み過ぎだ!」
と、そこで普段冷静なマティアスもついに怒鳴った。
「無駄口を叩いている暇があったらさっさと持ち場に戻れ! 我々に休む暇はない。またいつ敵が攻めてくるともわからないのだからな!」
その途端、城壁の上はシーンとした空気に包まれてしまった。
僕も、思わず怒ったマティアスの顔を見た。
え……?
持ち場に戻れって……。
もしかして、マティアスはこのまま兵士たちに休息を取らせない気なのだろうか?
確かにそうすれば城の守備が手薄になるが、今こそ、食事を取って少しでも眠らないと、冗談ではなく全員過労死してしまう。
せっかく敵を一時的に追い払い、先行きに明るい兆しが見えて来たところで、場の雰囲気が一気に悪くなってしまった。
援軍が到着するまで、まだまだ協力しあって耐えなければならないのに、こんなことでまた騎士と兵士の間に軋轢が生じてしまってはたいへんだ――
と、やきもきしていると、城壁の上を走ってくるエリックが見えた。
「おおユウト、この魔法の明かりはやっぱりお前だったんだな!」
エリックが大声で叫ぶ。
「エリック!」
「本当に助かったぜ。みんなイーザの連中の歌にすっかりやられて、何言っても腑抜けの間抜け状態になっちまってたからな――おい、お前ら、ユウトによく感謝しておけよ。ユウトが魔法で罠を破らなかったら、下手すりゃ今ごろ城はあっさり落ちて、みんな殺されてかもしれんぜ」
さすが戦いに馴れた、歴戦の戦士エリック。
他の兵士のように、敵の計略に簡単に引っかかるような人ではないのだ。
「ところでマティアス様、今、マティアス様の怒鳴り声がちょいと聞こえたんですがね」
と、エリックは相変わらず物おじしない様子で、マティアスに言った。
「差し出がましい具申ですが、今は思い切ってみんなを休ませるべきじゃないですかね。これから寝ずの番をやらせるってのは、いくらんなんでも酷ですぜ」
「うむ……だがな」
と、渋るマティアス。
「マティアス様が慎重になるのはわかりますが、なーに、敵のあの様子だと、城攻めを再開するまでにはしばらく時間がかかる。……そうですね、少なくとも明朝まではまず安心でしょう」
エリックはマティアスを説得しつつ、アリスの方を向いた。
「王女殿下、如何でしょう? 是非、ご裁断をお願いします」
「うむ……。私はエリックの意見を取る」
アリスは、ほぼ即答した。
「みな、今晩はゆっくり休め。見張りは残った竜騎士たちに任せればよい。――それでいいな、マティアス」
「御意……」
アリスの判断に、兵士たちの間から歓声が上る。
どうやら、これでより一層、アリスは彼らの信望を集めることに成功したらしい。