(3)
「ユウト、命拾いしたな!」
アリスが僕の側にきて、背中をパンッと叩いた。
「お前といいその者たちといい、普通の兵士たちの中にまさかこんなに稀有な人材がいるとは思いもよらなかったぞ」
「これはアリス王女様!」
エリックがうやうやしくお辞儀をする。
「私はエリック、こいつはトマスと申します。以後、どうぞお見知りおきを」
「よし、名は覚えた。――ちょうどよい。エリックにトマス、そなたたちの腕を見込んで頼みがある」
「はい、何なりと申し付け下さい。不肖ながらこのエリック、命を懸けて任務を果たさせていたただきます」
「それは頼もしい。――これは大切な任務だ」
と、アリスは馬にヒラリとまたがって言った。
「二人には後方の輜重部隊を先に出発させ、コノート城へ続く街道まで先導かつ護衛してほしいのだ。馬車には私の大事な友人が乗っているから慎重にな」
「かしこまりました。お安い御用で」
エリックは再び深くお辞儀をし、そらから顔を上げ、アリスに尋ねた。
「ところで、僭越ながらアリス様はこれからどうなされるおつもりで――?」
「答えるまでもない」
アリスは平然と言った。
「むろん、私は皆を助けに行く」
「アリス様! 私もご一緒します」
それを聞いたリナが叫ぶ。
「いや、必要ない。――それよりリナ、お前はこの者たちと共に行って、ティルファとシスターマリアに付き添ってほしい。よいか? これは王女としてのの命令ではない。お前を友と見込んでの頼みだ。分かってくれるな?」
アリスはそう言って、リナの返事も聞かず、馬の拍車を蹴った。
白馬はすぐに、全速力で矢の雨の中を走り出した。
「お、お待ちください!! まだ矢が危険ですぞ!!」
と、レーモンが慌ててその後を馬で追う。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アリス王女――
彼女は本気で、矢から逃げまどう兵士たちを助けるつもりらしい。
部下想いで好感は持てるけれど、かなり無謀な人でもある。
でも、ここはまさに僕の出番。
全員を救うことは無理でも、アリス王女一人ぐらいなら魔法で守ることはできる。
「エリックさん、トマスさん、リナ様のことはお願いします!」
僕はそう叫び、アリスを追って走り出した。
彼らに任せればリナもまず安心だろう。
「おいおい! ユウト、おまえは大丈夫なのか? 矢はまだたくさん飛んでくるぞ――」
エリックの叫ぶ声が背後から聞こえてきたので、僕は振り向いて言い返した。
「心配しないでください! 今度は魔法で防ぎますから」
さっきはいきなりだったから、それができなかったのだ。
でも今なら――
僕は走りながら、自分に魔法をかけてみることにした。
『ガード!』
一瞬、パッと自分の体のまわりが青く光った。
初めて唱える魔法だが、上手くいったようだ。
その効果が発揮されれば、弓矢なんてまったく怖くないはず。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『ガード』
剣や矢など、敵の物理攻撃を防ぐ基本的な防御魔法。
術者のレベルに比例して威力が上がる。
気をつけなければいけないのは、『ガード』の魔法の壁にも耐久度があるという点だ。
ダメージが蓄積すれば、最後は粉みじん砕けてしまう。
効果範囲も狭く、自分と、ごく身近な仲間しか守れない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
其処へまた、数本の矢が飛んでくるのが見えた。
が、僕はあえてそれを避けないことにした。
わざとその場に立ち止まり、矢が当たるままにする。
次の瞬間「ピシッピシッ」と音がして、矢は魔法の壁に跳ね返され地面に落ちた。
うまくいった!
『ガード』の効果は確かだ。
自信を深めた僕は、再び走り出した。
やがて前方に、アリスと白馬が見えてきた。
混乱し逃げまどう兵士たちを、必死に立て直そうとしているらしい。
「みんな落ち着け! 下手に逃げるな! 固まって盾を持ち矢を防ぐのだ」
アリスは一生懸命に叫ぶ。
が、全く意味のないことだった。
兵士たちは誰もアリスの指示など聞いていないのだ。
右往左往して味方同士でぶつかりあったり、矢から逃れようと地面を這いつくっばったり――
もはや軍隊の態を成していない、ひどい有様だ。
これではとても敵と戦うどころではない。
下手をすれば、矢の攻撃だけで全滅してしまう。




