(1)
デュロワ城の中庭に面する、とてつもなく広い大ホール。
普段ならここは、派手好みの男爵が田舎暮らしの無聊を慰めるため、一年を通じ様々な行事やパーティーを催す、たいへん華やかな場所らしい。
が、今は、お城のメイドたちの手によって簡易ベッドが縦横に並べられ、負傷者を受け入れるための巨大な病室へ一変していた。
「ユウト様、マリア様、お待ちしておりました。こちらの態勢はすでに整えられております」
僕とシスターマリアを丁寧に迎えてくれたのは、ミュゼット・リゼットの姉(兄)である美しき完ぺきメイドのロゼットだった。
どうやらロゼットは、メイド全体を取り仕切るメイド長の地位にあるようだ。
「それにしてもすごい手際ですね」
僕は広間を見回し、感心して言った。
「わずかな時間の間にここまで準備できるなんて、さすがロゼットさん」
「ユウト様、ありがとうございます。ですがこれは非常時における当然の対応。お褒め頂くほどのことではございません」
と、ロゼットは謙遜気味に答えた。
「しかし――できることなら、この部屋、この固いベッドが使われないままでいるよう祈っております」
ロゼットとの真摯な願い。
もちろん僕だってシスターだってそう思っている。
けれど、現実はやっぱりそうはいかなかった。
戦闘が始まってわずか十分ほどで、負傷者第一号が、早速僕たちの前に運ばれてきたのだ。
「痛たい……痛いよ」
肩を矢で射ぬかれて呻くその兵士は、見たところ僕より少し年上だろうか? 顔にまだ幼さが残っていた。
おそらくロードラント第一、二軍団の精鋭の生き残りではなく、徴兵されて仕方なく戦争に参加した新米兵なのだろう。
「大丈夫ですよ。すぐに治しますからね」
僕はそう声をかけつつ、早速『リカバー』の呪文をかけてあげた。
幸い矢が急所を外れていたおかげで、傷も出血もさほど酷くなく、その兵士の体はあっという間に元通りになった。
けれど、このまますぐに城の防衛戦に戻れと言うのは、さすがにちょっといたたまれない。
「これもう安心です。ただ、いきなり戦いに復帰すのはキツいでしょうから、しばらくベッドで休んでいってください」
「……すみません」
と、その兵士はほっとした表情を浮かべ、ベッドに横たわった。
それにしてもこの状況、まるでデジャブでも見ているようだ。
時と場所は変わっても、結局、僕たちはまったく同じことを繰り返しているからだ。
そして、この賽の河原の石積みは、いったいいつになったら終わるのだろうか――?
「ユウト様! しょげこんでいる場合ではありませんよ!」
シスターマリアは意気消沈する僕の心を読み取ったのか、珍しく大声を上げ、発破をかけてきた。
「ほら、もう次の負傷者の方がいらっしゃいましたわ。あ、その後ろにまた別の方か――」
シスターの言葉が皮切りになったように、大広間には次から次へと負傷した兵士たちが担ぎ込まれてきた。
そのほとんどが、城壁の上で戦っている最中に、敵の放った矢や投石に当たって傷ついた人たちだ。
本来、タワーディフェンスは守る側の方が圧倒的有利なはず。
なのにこの負傷者の多さとケガのひどさは、始まったばかりのデュロワ城防衛戦が、いかに激しいものかを端的に物語っている。
「ユウト様、今ここで回復魔法が使えるのは私たちのみ。そして魔力はユウト様の方が私よりはるかに上――」
と、シスターマリアが言った。
「ですから、ユウト様は重症者の回復をお願いします。私はそれよりは軽めのケガを負った方を担当させていただきます」
「手分けして治療にあたるわけですね。了解しました」
ケガで苦しむ多くの兵士を目の前にして、悩みは一気に消し飛んだ。
僕とシスターマリアは、メイドたちの助けを借りながら、ベッドに寝かされた兵士たちの間を飛んでまわって、次々と『リカバー』を唱えてケガを治療していく。
が、それ以上に患者の増えるペースが速い。
簡易ベッドの空きはどんどん減っていき、比較的軽症の人は床に座って休んでもらうことになった。
しかし、そんなトリアージのようなことをしても、治療が間に合わず命を落としてしまう兵士の数も増える一方だった。
こうなるともう、外の状況に気にする余裕は一切なくなった。
なにしろ医者役の僕とシスターも、看護師役のメイドたちも、全員目が回るほどの忙しさで、休むことも、食事を取ることもできないのだ。
ただ窓の外に見える空の色によって、時間の経過だけは判断できた。
陽が高くなり、夕闇が迫り、やがて夜になる――
その間も絶えずイーザ軍とコボルト軍の猛攻撃が続いているようだった。
戦いが始まって丸一日。
それでも敵が濠を渡り、城壁を乗り越えてくる気配はなかった。
デュロワ城の造りが非常に堅固なのに加え、ここまで生き残ったロードラント兵の獅子奮迅の戦いにより、敵の侵入を水際で食い止めているのだろう。
だが――
防衛戦の戦況に大きな異変が起きたのは、みんなの疲労がピークに達しつつあった、その日の夜のことだ。